北イングランド一の大聖堂の町ダラムを征く

●征くシリーズ●取材・写真・執筆/ 本誌編集部

ロンドンから電車で北へ約3時間。
川と緑に囲まれた小高い丘の上にたたずむ古城と大聖堂を中心に広がるダラムは、ユネスコの世界遺産に指定されており、「イングランドで最も美しい大聖堂のある町」と呼ばれている。
今回は、映画『ハリー・ポッター』シリーズの撮影地としても一躍脚光を浴びた、ダラムの町を征くことにしたい。
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聖地を探す旅から生まれた町

ダラム駅に降り立った瞬間から、どこか清々しい空気を感じることができる。それは、この町が「北イングランドのキリスト教徒の聖地」として、宗教的に重要な位置を占めているからかもしれない。ダラムの歴史は、7世紀の聖人カスバート(St Cuthbert)とともに始まった。
時計の針を戻すこと、約2000年前の西暦43年。ローマ帝国の支配下に置かれたイングランドに、ローマ人の入植とともにキリスト教が広まった。しかし、イングランドでは5世紀以降、アングロ・サクソン人の侵入によってキリスト教は廃れてしまうが、侵略されなかったアイルランドではキリスト教信仰が残った。
やがて7世紀に入ると、「アングロ・サクソン7王国」のうちのひとつで、当時のノーサンバランド県を治めていたノーサンブリア王の意向により、アイルランドからキリスト教が伝播されてくる。そしてダラムの北東、ノーサンバランドの海岸沿いに浮かぶリンディスファーン島(Lindisfarne)に建立されたのが、リンディスファーン修道院である。
「聖なる島(Holy Island)」と呼ばれるようになったその小島は、イングランド北部におけるキリスト教布教の拠点となった。ちなみに、このキリスト教とはヨーロッパ大陸のカトリック系とは関係なく、独自に発達したケルト系キリスト教のことである。
聖カスバートは、7世紀にリンディスファーン修道院長を務めた人物で、生前も死後も数々の奇跡を起こしたとされる「ノーサンバランドの守護聖人」である。8世紀にデーン人(ヴァイキング)の襲撃によって修道院が破壊されると、修道士たちは埋葬されていた聖カスバートの遺体を3重の棺に納め、島から運び出した。そして放浪の末に見つけた安住の地がダラムであった。
ダラムに残る伝説をひも解くと、この放浪の際に、修道士たちは迷子になった牛を探していた少女に出会ったという。休める場所を求めていた彼らは、少女に道案内を頼む。ところが、蛇行した川に囲まれ、見晴らしのよい高台になった地にたどり着いた途端、どうやっても聖カスバートの棺を動かすことができなくなってしまった。修道士たちは「『この地に新しい教会を建てるべし』という神のお告げ」と解釈し、定住することに決めたと伝えられている。
こうして、995年に聖カスバートの亡骸を祀るために建てられた教会がダラム大聖堂の前身にあたり、町の名はケルト語で高台の要塞(hill fort)を意味する「dun」と、古代ゲルマン語で島(island)を意味する「holme」をあわせて「Dunholme」と名付けられた。これがいつしか「ダラム Durham」となったと考えられている。
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天然の要塞ともう一人の国王

1066年、ノルマンディ公ウィリアムがイングランドを征服し、ウィリアム1世(征服王)として即位すると、一転してダラムはスコットランドとの領土争いで重要な役割を担うようになる。
ロンドンを拠点とし、またフランスに遠征することも多かったウィリアム1世は、スコットランドとの有事の際に自分の代わりに指揮をとれる人物を必要としていた。しかし、一貴族にその権限を与えてしまうと、せっかく統一されたイングランドが再び分裂する恐れがある。悩んだウィリアム1世が最終的に白羽の矢を立てたのは、イングランド北部で深い信頼を集めているダラムの司教だった。おそらく、ダラムが馬の蹄鉄のように大きく湾曲して流れる川に守られた「天然の要塞」であったことも、イングランド防衛の要所として最適だったのだろう。国王と同等の権限を与えられたダラム司教は「プリンス・ビショップ」と呼ばれ、イングランド北部の政治経済を掌握、独自の軍隊も所有するなど、絶大な権力を保持することになった。
プリンス・ビショップの誕生は、宗教的にも大きな変化をもたらした。ダラムは、それまでのケルト系キリスト教会の本山であるとともに、国王が信仰するカトリック系ベネディクト修道会の本山ともなったのだ。プリンス・ビショップは国王代理かつ司教であり、修道院長でもあるという、歴史でもまれにみる特異な存在となった。
王族がその座に就くこともあり、彼らは多額の資金を費やして1133年、新たな信仰の象徴となるダラム大聖堂を建設。ノルマン様式の聖堂建築の最高傑作とされたこの大聖堂は、当時ほかに類をみなかった高い天井と尖塔で飾られ、15世紀後半に流行したゴシック様式の先駆けともみなされている。遠くからでも目にすることができたであろうその姿は、プリンス・ビショップの権威とイングランドの財力を誇示し、スコットランドへ脅威を与えるものだったに違いない。
しかしながら時代の流れには逆らえず、1707年にイングランドとスコットランドの連合王国が形成されると、ダラムの政治・軍事的役割は縮小し、少しずつプリンス・ビショップの力も弱まっていった。1832年には彼らが代々暮らしていたダラム城が、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学に続く、イングランドで3番目に古い歴史を持つダラム大学へと転身。1836年をもって、プリンス・ビショップの座は撤廃された。

ハリー・ポッターの撮影地

さて、ここまでダラムの歴史的役割とその歩みについて述べてきたが、おそらく現在最もよく知られているダラムのイメージは、「映画『ハリー・ポッター』シリーズのロケ地」ではないだろうか。1作目の『ハリー・ポッターと賢者の石』と2作目の『ハリー・ポッターと秘密の部屋』の中で、ダラム大聖堂は主人公のハリーたちが通うホグワーツ魔法魔術学校として登場し、映画公開から14年が経とうとする今もなお、国内外から多くのハリポタ・ファンが訪れている。2016年秋には同シリーズのスピンオフ映画『Fantastic Beasts and Where to Find Them(幻の動物とその生息地)』(エディ・レッドメイン主演、3部作を予定)の公開を控える今、ダラムの魅力をあらためて探ろうと、取材班はロンドンのキングズ・クロス駅から電車で一路、北へ向かった。

ダラム駅を出て階段を降りていくと、目の前に大聖堂と城が現れる。駅は町の中心から少し離れているが、大聖堂が建つ方角を目指して歩けば、15分ほどでウィア川に囲まれた中心部にたどりつく。町へ向かう前に、ベンチが置かれたビューポイントに立ち寄っておこう(地図上のカメラマーク参照)。町を見守るように高台にたたずむ城と大聖堂の全景を眺められるのは、このポイントからだけだ。

ダラム駅を出て、階段を降りた所にあるビューポイントから見た、ダラム中心部。見逃せない写真撮影スポットだ。
ミルバーンゲート・ブリッジを渡り、聖ニコラス教会のある角を右に入るとマーケット・プレイス()に出る。19世紀に建造されたタウンホールやギルドホールなどが建つ広場は、週末になると野菜や果物、菓子などのストールが立ち並んで賑やかだ。

石畳のサドラー・ストリートをのぼると、右手にダラム城が見えてくる。
石畳のサドラー・ストリートをのぼっていくと、ダラム城と大聖堂に到着。11世紀に築かれた後もたびたび増改築されたダラム城()は、現在はダラム大学とその学生寮として使用されているため、ガイドツアーでのみ内部見学が可能(要事前予約、5ポンド)。ちなみに、大学の休暇期間中は城に宿泊することもできる。
そして、いよいよダラム城の向かいにそびえたつ大聖堂()へ。同大聖堂の英国国教会における現在の教会順位は、総本山のカンタベリー大聖堂、第2位のヨーク大聖堂、第3位の聖ポール大聖堂に続く第4位とされている。近年は信仰の地としてよりも『ハリー・ポッター』のロケ地として有名になった同所だが、撮影には主に回廊が使われている。雪景色の中、ハリーが白フクロウのヘドウィグを空へ放つ印象的なラストシーン(『ハリー・ポッターと賢者の石』)やハリーの親友のロンがナメクジを吐く場面(『ハリー・ポッターと秘密の部屋』)は、この回廊の中庭で撮影。回廊沿いにあるチャプターハウス(非公開)では、マクゴナガル先生の変身学の授業が行われた(『ハリー・ポッターと秘密の部屋』)。また、ハリーたちが賢者の石を守る3頭犬と対峙するシーン(『ハリー・ポッターと賢者の石』)は、聖堂内の2階部分で撮影されたという(非公開)。

ダラム城のガイドツアーは約60分(10時15分~16時15分)。スケジュールはウェブサイトで要確認。

川面に浮かぶもう一つの世界

城と大聖堂を訪れたら、自然と建物が織りなす景観を、散策しながらゆっくりと味わっていただきたい。1時間ほどで川沿いをぐるりとまわれてしまう小さな町なので、体力に自信のない人でも安心だ。おすすめのコースは、ウィア川に架かる橋の中でも最も優美なプレベンズ・ブリッジを渡り、フラムウェルゲート・ブリッジへと向かう遊歩道。一番上の写真のような光景を目にすることができる。静かな川面に晴れ渡った空や緑に包まれた大聖堂が映り込み、水面下に別の世界が広がっているかのような錯覚をおこし、思わず吸い込まれそうになってしまった。

かつては水道橋であったプレベンズ・ブリッジ。ビューポイントから撮影したもの。
時間に余裕のある人は、シルバー・ストリートをのぼり、エルベット・ブリッジに進もう。この橋のたもとからは観光船が発着しており、リバークルーズが楽しめる(Prince Bishop River Cruises、8ポンド、)。途中に堰があるので大聖堂の手前で船はユーターンしてしまうのが残念だが、鳥のさえずりと澄んだ空気の中に身を置き、生い茂る木々の中を粛々と旅する60分は、ここが「聖地」なのだと実感するひとときとなるだろう。
聖カスバートが同地で眠りについてから、2015年で1020年。夏の旅行先が決まっていない人は、ぜひダラムに足をのばしてみてはいかがだろうか。

川面に映し出された大聖堂と木立。一枚の絵を見ているかのような美しさだ。

おすすめの宿泊ホテル

ダラム近郊


ラムリー城ホテル

14世紀後半、スコットランドとの戦いで戦功を収めたラムリー男爵が建造した城を起源とする、4つ星ホテル。中庭を囲むアパートメント部分は当時のオリジナルで、本物の古城宿泊体験ができる。また幽霊が出るホテルとしても知られ、プロテスタント教徒だった男爵の妻が、夫の留守中に忍び込んだカトリック信者に殺害されて、井戸に投げ捨てられたという。現在はスカボロー伯爵が所有する物件のひとつ。ゴルフ場あり。
Lumley Castle Hotel
Chester Le Street, County Durham DH3 4NX
Tel: 0191 389 1111
www.lumleycastle.com
宿泊料金(1室1泊、朝食付)£69~£440

写真右:Lumley Beef Fillet(£26.50)

アニック近郊


ドックスフォード・ホール ホテル&スパ

1296~1635年にかけて、教会の牧師を代々輩出していたドックスフォード家の邸宅を起源とする、4つ星ホテル。現在の建物は1818年に、ニューカッスルの建築家ジョン・ドブソンにより建てられたもの。スパ・トリートメントや室内プールなどリラクゼーション施設に力を入れる一方、心身ともにリラックスして滞在を楽しめるように、内装は明るい色調で統一されている。ホーリー・アイランドまで車で約40分。
Doxford Hall Hotel & Spa
Chathill, Alnwick, Northumberland NE67 5DN
Tel: 01665 589 700
www.doxfordhall.com
宿泊料金
£169~(1室1泊、朝食付)
£229~(1室1泊、朝食+夕食付)

写真右:Pan Seared Monkfish(£22.95)

Travel Information

※2015年7月13日現在

ダラム Durham

【アクセス】

電車
ロンドンのキングズ・クロス駅からダラム駅まで約3時間。
ロンドン中心部からダラム中心部まで約5時間。駐車場はいくつかあるが、The Gate Shopping Centre内(地図P)が便利。2時間まで£1.70(月~土曜)/£0.50(日曜)、2~4時間まで£2.60(月~日曜・以下同)、4~6時間まで£5。
コーチ
ヴィクトリア・コーチ・ステーションから約7時間。
ホーリー・アイランドへの行き方
リンディスファーン島は、干潮になるとイングランド本土と土手道で繋がるので、その時に島へ渡ることができる。季節や天候によって満潮・干潮の時間帯が変化するので、宿泊先のホテルやウェブサイトで確認しよう。
Special thanks to:
Visit County Durham(www.visitcountydurham.org)
Avis Car Hire(www.avis.co.uk

北イングランドをさらに楽しむ!アニック城

「ダラムだけでは物足りない」「もっと北イングランドを知りたい」という人におすすめしたいのが、ダラムのさらに北に位置する、イングランド最北部ノーサンバランド県にあるアニック城(Alnwick Castle)。この城は映画『ハリー・ポッター』シリーズで、やはりホグワーツ魔法魔術学校として登場するなど、ダラムとも縁が深い。また2014年、ドラマ『ダウントン・アビー』クリスマス・スペシャルの舞台となってからは、世界中から観光客が詰めかけている。
北はスコティッシュ・ボーダーズ、東は北海と接するノーサンバランドは、古くからイングランドとスコットランドが領土をめぐって争ったために、イングランドで最も城(城塞)が多い地域だ。39を数えるそれらの中でも、最大の要塞として中心的な役割を果たしたのがアニック城である。現在もノーサンバランド公爵家が暮らす同城は、当主が生活している居城としては、ウィンザー城に次いで英国で2番目の規模を誇り、「北のウィンザー城」と呼ばれている。

ライオン・ブリッジを越え、道路脇の休憩スペースから見たアニック城(写真左)。2014年、アニック城で撮影された『ダウントン・アビー』クリスマス・スペシャル(写真右)。

北イングランド最大の城

アルン川沿いの同地に最初の城が築かれたのは、1096年のこと。アニック男爵イヴ・ド・ヴィシーが、スコットランド人の侵入を防ぐために要塞を建設し、爵位名にちなんでアニック(発音注意)城と名付けた。城は一度スコットランド王の手に落ちたものの、激戦の末に城を取り戻してからは最強の砦として名を馳せたが、男爵家が断絶すると、ダラムのプリンス・ビショップの管理下に置かれるようになる。
しかし1309年、ヨークシャーを治めていたパーシー男爵ヘンリー・パーシーにアニック城を譲渡。要所を守る同家のもとには王族やその親族の娘たちが次々と嫁ぎ、パーシー家は興隆していった。その後、直系男児の断絶や国王への背信行為による爵位の消失などを経験しながらも、1377年にノーサンバランド伯爵位、1766年に同公爵位を受爵、その血脈は700年以上経った現在まで続いている。
さて、実際にアニック城を訪れると、ノーサンバランド公爵家の財力に圧倒されるだろう。歴代の城主により増改築が行われたが、内部で公開されているのは『ダウントン・アビー』にも登場した、1850年代に手がけられた優雅なイタリア新古典主義様式のステートルーム。カナレットやティツィアーノといったルネサンス期のイタリア画家や英国を代表するターナーの絵画から、膨大なマイセン・コレクションまで、さりげなく展示された美術館級の逸品に目を奪われてしまう。
また、子どもも楽しめるような工夫がなされており、旧厩舎では騎士や姫の衣装を身につけて遊べる「ナイツ・クエスト(Knight's Quest)」やお化け屋敷風の迷路「ドラゴン・クエスト(Dragon Quest)」のほか、ホグワーツの生徒になりきって箒による飛行訓練のレッスンを受けることもできる。

『ハリー・ポッターと賢者の石』で、ハリーが初めて箒での飛行訓練を行ったのと同じ場所で、子どもたちも飛行体験? ロケ地ツアーなどもあり。

公爵夫人のアニック・ガーデン

30分毎に噴水が上がる、アニック・ガーデンのグレート・カスケード。敷地内には広々としたカフェがある。
そして、アニック城とともにぜひ足を運んでいただきたいのが、城に隣接して広がるアニック・ガーデンだ(城との共通チケットあり)。
現在の第12代ノーサンバランド公爵夫人が「家族全員で楽しめる庭園」をテーマに造ったもので、2001年にグランド・カスケード(階段式に連続した滝)やローズガーデン、2005年にケシや大麻といった毒草を集めたポイズンガーデン、竹林のラビリンスなどを設置。オープニング・セレモニーには、エリザベス女王も出席したという。
城とガーデンを楽しんだ後は、ビューポイントの「ライオン・ブリッジ」へ向かいたい(地図上のカメラマーク参照)。アニック城の入口を通り過ぎ、車で北上していくと、数分でライオンの彫像が飾られた橋が見えてくる。この橋からの風景と、その少し先にある道路脇の休憩スペースからの眺めは必見だ。
アニック城&ガーデンだけでも1日十分過ごせるが、できれば1泊してダラムとともに訪ねてみるのもいいだろう。

ダイニングルーム(写真左)とサロン(写真右)。『ダウントン・アビー』の撮影で使われた衣装なども展示中。© Alnwick Castle

Travel Information

※2015年7月13日現在

アニック城 Alnwick Castle

Alnwick, Northumberland NE66 1NQ
Tel: 01665 511 100
www.alnwickcastle.com
開園時間
夏期(11月1日まで)10:00~17:30
入場料
大人 £14.75
子供(5歳以上)£7.60

アニック・ガーデン Alnwick Garden

Denwick Lane, Alnwick, Northumberland NE66 1YU
Tel: 01665 511 350
www.alnwickgarden.com
開園時間
夏期(11月1日まで)10:00~17:30
入場料
大人 £12.10
子供(5歳以上)£4.40

【アクセス】

電車
ロンドンのキングズ・クロス駅からニューカッスル駅まで約3時間20分、あるいはアルマス(Alnmouth)駅まで約3時間40分。各駅からバスあり。
ロンドン中心部から約5時間50分。駐車場は無料(アニック城&ガーデン共通)だが、スペースが限られているため順番待ちになるので、なるべく早めに行こう。
Special thanks to: Northumberland Tourism(www.visitnorthumberland.com

週刊ジャーニー No.890(2015年7月16日)掲載