英雄ブラボーと投げられた手

 

 ベルギーと聞いて思い浮かべるものといえば、甘味好きの人ならばチョコレートやワッフル、アルコール好きの人ならばビール、旅行好きの人ならば小便小僧などが主流だろう。おそらく『フランダースの犬』と答える人は、ごくわずかではないかと思われる。また、アントワープという都市名は知っていても、それがベルギーと結びつく人も多くはないかもしれない。しかし、日本中の人々の涙を誘ったといっても過言ではない、少年と犬の友情と悲劇をえがいた『フランダースの犬』の物語が繰り広げられたのは、実は北部フランドルの都市アントワープなのである。「フランダース」とは、「フランドル」の英語表記をカタカナにしたものだ。
少年ネロと愛犬パトラッシュが暮らしたアントワープとは、一体どのような都市なのか? まずはその成り立ちを振り返ってみよう。
アントワープという名の起源は、ある伝説に由来する。
同地を流れるスヘルデ川の川岸に住む巨人アンティゴーンは、川を通る船から高額な通行料を徴収。それを支払えない場合、船乗りたちの手を切り落として川へ投げ入れていた。この噂を耳にした古代ローマの英雄ブラボーは、1人で巨人に立ち向かい、見事その手を切り落とすことに成功。これまで巨人がはたらいてきた悪事にならい、川に手を投げ捨てたとされる。この出来事から、町は「ハントヴェルペンHantwerpen」(hant手+werpen投げる、オランダ語で「手を投げる」という意味)と呼ばれるようになり、やがて現在のアントウェルペンAntwerpen(オランダ語)へと変化したという。ちなみに、アントワープAntwerpは英語での表記であり、フランス語ではアンヴェールAnversとなる。
だが、現代ではこの「ブラボー伝説」は創作と考えられている。実際のところは、「aanwerp土手」などから派生したという説が最も有力とされているようだ。
アントワープが「黄金時代」を迎えたのは、16世紀のこと。
スヘルデ川の水運を利用した交易と毛織物産業によって栄え、ヨーロッパにおける金融や商業の中心地となる。また、インドから運ばれてきたダイヤモンド原石の多くがアントワープ港で荷揚げされたため、ダイヤモンド産業も盛んになっていった。だが一方で、ヨーロッパ大陸の中央部に港をもつという利便性により、周辺国からの侵略に常に悩まされた。いくつもの国の支配下に置かれ、町は破壊され続けたのである。ネロとパトラッシュが生きていたとされる時代も、フランスやオランダの統治下からようやく脱した頃にあたる。

 


ルーベンスが暮らした16世紀の雰囲気を体感できる
「中世の小道」こと「Vlaeykensgang」。 © Antwerpen Toerisme & Congres

 

大聖堂と『フランダースの犬』

 

 さて、ここまでベルギーとアントワープの歩みについて述べてきたが、『フランダースの犬』といえば、ラストシーンなくして語れはしないだろう。ネロとパトラッシュが身体を寄せあって永久の眠りにつき、舞い降りてきた天使たちと空へ上っていく場面を見て、「ネロが憧れた絵を実際に見てみたい!」と思った人も、少なくないのではなかろうか。
そこで取材班は、『フランダースの犬』に思い入れのある日本人ならば「一度は訪れたい」と願うアントワープの魅力を探ろうと、1泊2日での現地取材を敢行。肌寒く冷たい雨が降りしきる5月中旬、ベルギーへ向かった。
我々の取材記をお届けする前に、『フランダースの犬』を見たことがない、あるいはうろ覚えという人のために、物語をざっと紹介しておきたい。ちなみに、『フランダースの犬』には原作となる同名小説が存在し、小説とアニメには多少の相違点がある。ここでは、1975年に放送された「世界名作劇場」のアニメ版について取り上げようと思う(小説の誕生秘話とその作者ウィーダについては、13頁を参照)。
舞台は19世紀、アントワープ近郊の小さな村ホーボーケン。両親を亡くし祖父とともに暮らす10歳の少年ネロは、重い荷車を引く労働犬として酷使されたあげく、土手に捨てられていたパトラッシュを助ける。そして彼らは、片時も離れずに過ごすようになった。
絵を描くことが好きなネロはルーベンスに憧れ、いつか聖母大聖堂にあるルーベンスの絵を見たいと切望する。当時、その祭壇画はカーテンで隠されており、お金を払わないと見ることができなかったのだ。祖父とネロは村の農家から預かったミルクを毎朝アントワープへ運んで売る仕事で細々と生計を立てており、ネロはアントワープを訪れるたびに、大聖堂へ足を運んだ。またパトラッシュは、自ら進んでミルク缶がのせられた荷車を引き始める。
しかし、幸せな時は長く続かない。祖父が亡くなり、ネロは村の風車に放火した疑いをかけられて仕事をなくしてしまう。住まいも失い、最後の望みをかけた絵のコンクールにも落選。絶望したネロは吹きすさぶ雪の中を茫然と歩き続け、クリスマスのミサが終わった大聖堂に入って行く。そこで目にしたのは、カーテンが開けられたルーベンスの2枚の絵であった。
「とうとう僕は見たんだ…。マリア様、ありがとうございます。これだけで僕はもう何もいりません」
必死に後を追いかけてきたパトラッシュがネロのもとへ駆け寄り、ともに崩れるように身体を横たえる。ネロはパトラッシュを抱きしめた後、そっとささやいた。「パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。何だかとっても眠いんだ、パトラッシュ…」。翌朝、絵の前で凍死している彼らが発見されたのであった。

フルン広場から見たアントワープ聖母大聖堂。
© Antwerpen Toerisme & Congres

 

マルクト広場に立ち並ぶギルドハウス 
© Manfreeed