■ 第247話 ■シオニズムの芽生え
▶少し時計を戻す。日本が日清戦争で大忙しだった1894年。第三共和政フランスは国が二分するほどの大問題に直面していた。フランス諜報部がドイツ大使館に潜入させていたスパイ。盗み出した書類の中からドイツ陸軍武官に宛てた怪しい手紙が見つかった。フランス陸軍は内部にスパイがいるのではと疑い極秘裏に調査した。すぐにアルフレッド・ドレフュスという砲兵大尉の名が浮上した。筆跡を比べたところ、似てるっちゃ似てる。ドレフュス大尉はアルザス出身のユダヤ人。反ユダヤの軍部はさしたる証拠もないままドレフュスを反逆罪で逮捕した。ところがこれを嗅ぎつけた反ユダヤ系新聞がろくに取材もせず「ユダヤ人売国奴を逮捕」と書き立てた。世論を気にした軍部はドレフュスを有罪と決めつけて軍籍剥奪。冤罪だったが軍はドレフュスの徽章(きしょう)をはぎ取り、軍刀をへし折った。群衆は「売国のユダヤ人!ドイツのスパイを殺せ!」と叫んだ。ドレフュスは終身刑を言い渡され、南アメリカのフランス領ギアナ沖にある悪魔島に流された。
▶参謀本部に新任の中佐が配属された。ピカールという。頭部がピカールだったかは知らない。そのピカールの元に「エステルアジという少佐がドレフュスの字に似せて手紙を書いた」という密告があった。ピカール中佐は極秘裏に筆跡を調査。エステルアジこそ真犯人だと確信。上層部に報告した。ところが軍首脳はこれを黙殺した上に隠ぺいした。良心の呵責に苛まれた末にピカールはドレフュスの弁護人に真相を明かした。「冤罪じゃないか!」。激怒した弁護士はすぐに再審を請求。しかしエステルアジは既にイギリスに逃亡した後だった。後年、借金返済のためにスパイ行為を働いていたと認めた。
▶ドレフュスの無罪を主張する政府や自由主義者と、有罪にしたい軍部や教会などの王党派が激突。フランスは2つに分断された。作家エミール・ゾラはドレフュスの無罪を主張し、軍部の謀略を糾弾。しかしゾラに対する風当たりは強く、言論封殺を恐れたゾラはイギリスに亡命した。ルイ18世もナポレオン3世もド・ゴールも、プーチンに逆らったユダヤ系オリガルヒも、危なくなると逃げ込む先はなぜかイギリス。ブリテンも闇が深い。
▶その後、再度筆跡鑑定が行われ手紙を書いたのはエステルアジであると確定。ドレフュスは5年に及んだ悪魔島監禁を解かれて帰国。ところがその後の裁判で再び有罪にされた。終身刑から禁固15年に減刑されたものの監獄へUターン。政府内共和派は交渉を続け、大統領特赦を勝ち取りドレフュス釈放。特赦されたとはいえ依然有罪。ドレフュスは無罪を訴え続けた。しかし移り気な国民はこの話題にすっかり飽きていた。1906年、遂に無罪判決が下りドレフュスは軍に復帰し少佐に昇進。その後、第一次世界大戦にも従軍した。ロシアでは1881年以来、ポグロムと呼ばれる大規模なユダヤ人迫害が起きていた。そして今度はフランスで「ドレフュス事件」が起きた。「ユダヤ人を殺せ」と叫ぶ目の血走った民衆の姿を見、「自由」「平等」「博愛」を謳うフランスですら反ユダヤ感情が根強いことに衝撃を受けたユダヤ人ジャーナリストがいた。彼は「ユダヤ人が安住できる国を作らねばならん」と誓った。イスラエル建国に繋がるシオニズムが芽生えた瞬間だってな辺りで次号に続く。チャンネルはそのままだ。
週刊ジャーニー No.1369(2024年11月21日)掲載
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