
■ 第240話 ■北海道を売り飛ばせ
▶プロシアの首相だったビスマルク。小国の集まりだったドイツを力技でまとめ上げ、オーストリアを排除したドイツ帝国建国を成し遂げた剛腕の鉄血宰相だ。帝国誕生は1871年。明治日本の方が3年程先輩。生まれたてのドイツを訪れた岩倉使節団はビスマルク主催の会食に招待された。同じ新興国として「列強諸国への警戒を怠るな」とアドバイスするビスマルクに大久保利通らは共感を覚えたという。そのビスマルクのことを調べていて腰を抜かしそうな話に出くわしたので語っていい? ダメと言われてもやめないけど。
▶2013年、日本政治外交史の五百旗頭薫(いおきべかおる)東大教授らの研究チームがベルリンのドイツ連邦文書館で、ある外交書簡を発見した。書簡は駐日プロイセン公使マックス・フォン・ブラントが本国の宰相ビスマルクに宛てたもの。そこには旧幕府側の会津藩と庄内藩がプロイセンから借金の担保として蝦夷地に所有する両藩の土地を99年間貸与するとあった。時は1868年。元号は既に明治と改められたが戊辰戦争はまだ継続中。薩長土を中心とする新政府軍が東北諸藩への攻勢を強めていた時の話だ。会津藩の土地はオホーツクから根室あたり、庄内藩は留萌と上川管内の一部という。文書で蝦夷地は「気候が北ヨーロッパのようで人口少なく、土地広大で水も豊か。牧畜に最適地なり。今はないが軍港もやがて手に入れられるだろう」と評価されていた。お値段は「100平方ドイツマイル(5.625平方キロ)に対して30万メキシコドルで足りるだろう」と書かれているという。

▶会津は自腹で京都守護職なんていう大役を引き受けたため財政逼迫。欧米の最新兵器をもって押し寄せる新政府軍に対抗するだけの力がなかった。現在の山形県鶴岡市辺りにあった庄内藩も懐事情は一緒。それにしても一体何てことするのよ。幕府存続のために日本の一部を外国に切り売りするなど追い詰められた人間が陥るやけくそパニック。実行されていたら北海道の一部は1967年まで99年間もドイツの租借地となっていた可能性がある。仮にそうなっていたら北海道はジンギスカンでも海鮮丼でもなくソーセージやバームクーヘンの国になっていた。どうせ売り飛ばすならフランスやスペインなどもっとメシのうまい国にしてくれ。ちなみに筆者は道産子だ。
▶明治元年7月、書簡を受けとったビスマルクだが、ヨーロッパ内での勢力均衡に大忙しで融資話は一旦立ち消えとなった。ところが3週間後、ビスマルクはなぜか心変わり。交渉を許可する文書も併せて発見された。北海道危うし!長期戦を想定する長州の大村益次郎に対し土佐の板垣退助は短期決戦を主張。板垣は知っていた。ロシアに攻め入ったナポレオン率いるフランス軍が冬の到来で大苦戦。甚大な損害を出した上、撤退を余儀なくされた史実を。板垣は南国育ちの薩摩や土佐の兵士に雪国での越冬は無理と判断。冬の到来前に総攻撃を仕掛けたため会津藩や庄内藩も持ちこたえられず陥落した。ビスマルクが3週間、融資話を寝かせている間に東北での戦争は終息に向かい会津、庄内両藩による借り入れの可能性は消滅した。あっぶねー。えらいぞ板垣! さすが100円札の肖像画になった男。500円札に格上げしてあげたい。もうどっちもコインになっちゃったけど。ビスマルクも3週間迷ってくれてありがとね、ってな辺りで次号に続く。チャンネルはそのままだ。
週刊ジャーニー No.1362(2024年10月3日)掲載
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