■ 第182話 ■アルバート公、いい人じゃね？

▶ヴィクトリア女王がドイツ人のアルバートと結婚したのは彼女が20歳の頃。アルバートも同い年だった。ヴィクトリアは身長152センチ、アルバートは167センチとドイツ系カップルにしては割と小柄。英国民はドイツ系になっちゃった英王室にそろそろイングランド人の血が入ることを望んでいた。なので貴族や社交界はアルバートをあまり歓迎せず、王の配偶者なのに爵位すら与えず政務に関わらせることもほとんどなかった。いじわる。

▶結婚から4ヵ月程過ぎた1840年6月10日夕刻、ヴィクトリアとアルバートを乗せた馬車がハイドパークコーナーからバッキンガム宮殿までを繋ぐ一本道、コンスティテューション・ヒルをパカパカと走っていた。沿道には若い君主夫妻を一目見ようと大勢の市民が集まっていた。とその時、群衆の中から一人の男が飛び出した。男の手にはピストルが握られていた。轟音と共に1発の銃弾が発射されたが弾は逸れた。男は「もう一丁あるぜ」と叫びながらポケットに忍ばせていたピストルを取り出してズドン。アルバートはとっさに新妻ヴィクトリアに覆い被さり、君主を守った。幸い2発目も逸れ、男は群衆に取り押さえられた。周囲から「ぶっ殺しちまえ」などお下劣な罵声が飛び交った。女王暗殺未遂のニュースは瞬く間に拡散した。アルバートの献身ストーリーと共に。「あのドイツ人、案外いいヤツじゃね？」。国民一斉、手のひらクルリ。逮捕されたのはエドワード・フォックスという18歳の若者だった。裁判で精神異常とされ27年後、オーストラリアに島流し。ダウンアンダーでは画家として生計を立てたという。1900年まで生き、78歳で没した。

▶ヴィクトリアとアルバート。２人が結婚した年の暮れ、長女が誕生した。ヴィクトリア（ヴィッキー）と名付けた。女王は生涯に女5人、男4人と計9人の子を生んだ。最初の6人までが結婚から10年以内に生まれた。妊娠・出産・育児で大忙しの女王に代わり、アルバートが積極的に政務や公務に励んだ。堕落・腐敗していた王室周辺人事を刷新。王室費の大胆な削減を断行した。既得権益者から「ケチ」「チョー細かい奴」など陰でミソクソ言われた。ホイッグ党びいきの女王を「君主たるもの党派争いを超越した存在でなければなりませぬ」と諫め王権の中立化に努めた。ホイッグ党党首メルバーン卿は女王に「立派な方です。あの方のおっしゃる通りにされるがよろしいかと」と助言した。保守党党首ピールは頭脳明晰なアルバートを信頼し、気まぐれで短気、少々取り扱いが厄介な君主より先にアルバートに意見を仰ぐようになった。貴族や政治家の間でもドイツ人アルバートの評価は上向いた。

▶1851年、ロンドン万博が大成功した。中心となって率いたのはアルバートだった。ハイドパークで催された万博に王室も多大な出資をした。700万人が訪れ、大きな利益を生み出した。メディアも万博の成功を書き立て、アルバート公の評価はピークを迎えた。結婚から17年目にしてようやく公爵の称号が与えられた。優秀だけどドイツ人ゆえに苦労した。財務に明るく真面目でバランス感覚にも優れたアルバート公がいればヴィクトリア女王の治世は安泰に思われた。そんな中、長男アルバート（後のエドワード7世）のヤバい素行不良ぶりが明るみに出た。結婚から21年、アルバート公に死の影が近づいていた、ってあたりで次号に続く。チャンネルはそのままだ。