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■ 第123話 ■1番~、センタ~、サトウ君

▶筆者は幕末明治期、ニッポンの未来に巨大な影響を与えた人物としてアーネスト・サトウという若者にロックオンしている。英公使通訳官という立場はサトウが日本で暗躍するにあたり、とんでもなく都合の良い隠れ蓑となった。なんせ公使の行くところどこでも誰にも怪しまれることなく同席できた。ヤバい話の表も裏も直接見聞きできた。新公使パークスも前任のオールコック同様、英外務省から「日本の内政に干渉すんな」と釘を刺されていた。しかしなぜかパークスは積極的に動いた。勝海舟と頻繁に会い、大坂では将軍、徳川慶喜にも謁見した。その横にはいつもサトウが当然のような顔をしてチョコンと座っていた。当然だ。通訳だもの。さらにサトウは大坂滞在中、毎日のように訪ねて来る薩摩、長州、土佐の大物たちと会った。彼らは公使にはなかなか会えないし、会えたところで英語が理解できなかった。しかしこの日本語が達者な若い通訳官であれば気安く話すことができた。

▶今でもそうだが、一般的に日本人は日本語が堪能な欧米人を親日家と思い込む傾向がある。特に江戸末期、日本語を流ちょうに話す西洋人が少ない中、彼らはサトウに気を許し、マル秘情報すら漏らしていた可能性もある。サトウ(Satow:ザトウ)というスラブ系ドイツ名もまた、彼らに親近感を抱かせたはずだ。彼らは欧米列強国の成り立ちを知りたがった。イギリス人であるサトウが「帝政、共和制、立憲君主制と色々揃っております」と中立を装いながらも「ちなみに七つの海を制した大英帝国は立憲君主制です」とさりげなくイギリス式をイチオシしたとしても何の不思議もない。志士たちも「やっぱエゲレス式がイチバンかのぉ」とか言って感心したとしても何の不思議もない。ここ、想像だから広めないように。

ハモンド
アジア通のハモンド外務次官ですが、何か?

▶サトウは彼らの質問に答えるだけでなく、逆に彼らからニッポンの成り立ち、各藩の事情等を詳しく聞き出した。このようにサトウという男は公使にくっついて回ることで誰にも怪しまれずに将軍や上級の幕臣たちと会ってその思惑を探り、同時に後に倒幕側にまわる雄藩有力者たちの腹の内を知ることができる立場にあった。さらにサトウはパークスの命により日本各地を訪れて有力者と会談するなど通訳官の領域を超え、ほぼ公使代理的な動きをしていた。つまりサトウとは幕末の日本にあって欧米各国の思惑から幕府、そして諸藩、全方位から生々しい一次情報を得られる唯一の人物だったと言ってよい、と言い切るの怖いから言い切らないけど、きっとそう。

▶この頃、アジア通の英外務次官ハモンドは公使パークスに不気味な書簡を送っている。「日本において体制の変化が起きるとすれば、それは日本人だけから端を発しているように見えなければならない。その変化は我々の考え方と異なる形で起きるかもしれないが(中略)、徹頭徹尾、日本的性格と言う特徴を帯びていなければならない」。これは「日本で政変が起こるとしたら日本人の意思によって発生したように見せるように。イギリスが関与していることを知られちゃダメよ、うっしっし」と読むことができる。イギリス陰謀説の元となる書簡だがハモンド次官の真意は分からない。いずれにしてもパークスには本国から「内政干渉はするな」というお達しが届いていた。これを裏切る形でサトウが動く。てなこって次号に続く。チャンネル、変えてもいいぜ~い。

週刊ジャーニー No.1243(2022年6月9日)掲載

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