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■ 第106話 ■英国紳士、誕生前夜

▼16世紀末、ポルトガルとスペインが世界に漕ぎ出して悪さした。その後をオランダとイギリスが追った。初めはオランダが優勢だった。インドネシアの香料諸島をオランダに奪われ、仕方なくインドまで退いたイギリスはそこで金のなる木と出会った。綿だ。オランダが強引に独占した香辛料は供給過多となり、たちまち値崩れした。一方の綿は世界商品となりイギリスに巨万の富をもたらすことになる。綿製品を大量生産するため、次々とマシーンが開発された。産業革命だ。イギリスはますます波に、調子に、図に乗っていく。イギリスに続々と新しい富裕層が誕生した。貴族でもない。準貴族とも言えるジェントリ層でもない。巨万の富を手に入れた産業資本家たちだ。当時、貴族やジェントリは働かない。土地の賃貸料など不労所得で生活した。労働する者は見下されるため皆、頑張って働かなかった。働け。

▼商売で成り上がって来た連中はよく働いた。地位は低いが金は唸るほど出来た。下手したら貴族やジェントリよりあった。そういった新興ブルジョワ層は貴族やジェントリのコピーに走った。でかい家に住み、使用人を何人も抱え、立派な馬車を走らせ、豪華な衣服に身を包み、美味いものを貪った。もはや貴族もジェントリも成金も一般人には見分けがつかなくなった。貧乏人はすぐに分かった。こうなると貴族やジェントリは面白くない。奴らがどんなに金を積んでも絶対に手に入れられないものはなかんべか。彼らは考えた。辿り着いたのは金で買えない「教養」や「品格」だった。

ブランメル
洒落者ブランメルですが、何か?

▼18世紀末、ジョージ4世がまだ皇太子だった頃、一人のイートン校生徒を見初めた。ジョージ・ブランメルと言った。彼は貴族の身分ではなかったが、洗練されたファッションセンスが圧倒的に際立っていた。金ぴかゴージャスがもてはやされていた時代にあって、ブランメルの装いは高級ながらシンプルで控え目。髪は丁寧にブラシされ、ヒゲも毎朝剃られてお肌ツルツル。毎日入浴を欠かさず清潔感に溢れ、究極のエレガントさを備えていた。皇太子はこの少年を寵愛した。成長するに従い、そのセンスはさらに磨かれ、社交界の花形となった。自信に満ちた立ち居振る舞い。時に言葉は辛らつ過ぎたが、知的なウィットで許された。ストイックな生き様も周囲を惹きつけた。人々は彼をボー(beau:洒落者)・ブランメルと呼んで崇めた。婦女子も胸キュン♥キャーキャー。皇太子やその取り巻き貴族、ジェントリらは競ってブランメルのファッションを模倣し、エレガントな「品格」を誇示。ブルジョワ層がそれを劣化コピーした。ブランメルの上質な佇まいはフランスを始め大陸でも大人気となった。今で言うインフルエンサーだ。「ダンディー」と言う言葉が生まれたのもこの時代。ブランメルのカチッと品のある装いは今日のスーツの原点となった。

▼ブランメルは独自の美学により働かなかった。だから働けって。働かないから高価な特注ファッションの支出を支えたのは莫大な借金だった。やがて債権者に追われてフランスに逃亡し、金欠の中で孤独死した。最後までダンディー。ブランメルはたった一人でファッション界に革命を起こした。この時代、勃興してきた粗野な金満ブルジョワジーとの差別化を計ろうとした上流階級の可憐な悪あがきから、英国紳士の原型が出来上がっていく。この話、個人的に興味深いから近々本紙特集で取り上げる気がするぜ。チャンネルはそのまま、ね。

週刊ジャーニー No.1226(2022年2月10日)掲載

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