現代も息づくスピーデンの精神
2回目の譲渡(the Second Trust Settlement)が行われたのは1950年4月26日のこと。最初の譲渡から21年がたっていた。
最初の譲渡のあと、資本の所有権を法律上は何の権利もないパートナーにどうやって動かすかといった法律上の問題が発生していたのだが、ジョン・ルイス・パートナーシップ・トラスト・リミティッド(John Lewis Partnership Trust Limited)という新会社を設立して事業権を移すことで、法的な問題も解決された。
スピーデンはその後も会社の代表として残ったが、すべての経営はパートナーシップの憲章に基づいて行われるようになった。落馬事故で九死に一生を得てから、ここまでこぎつけるのに41年。長い長い道のりだった。
1955年、70歳となったスピーデンは事業から完全に引退。
1963年2月21日、ハンプシャーにあるレックフォード・エステート(Leckford Estate)内の愛する自宅で77年の生涯を終えた。
ちなみに、当然ながらレックフォード・エステートも、パートナーシップに引き継がれ、現在は農場として、ウェイトローズに穀物、ミルク、肉、野菜、果物などを供給している。
親が築きあげた事業を当然のように引き継ぐだけの経営者となることに納得せず、公平と平等に対する信念をジョン・ルイスのパートナーシップという目に見える形に創りあげたスピーデン。彼が情熱を傾けた事業は今も国民から愛される企業として生き続け、高い業績と多くの雇用を生み出している。
現代では、スピーデンが訴えた「企業で働く人々の幸福や企業の社会への貢献こそが事業の成功を示すものである」という思想は広く浸透している。しかし、真の『成功』を達成するのは容易なことではない。また、ジョン・ルイスでさえ油断は禁物。この『成功』は簡単に無に帰してしまう類のものだ。スピーデンは、自らが著した憲章を通して、今も目を光らせていることだろう。

ジョン・ルイス本店では、8月末までの予定で、屋上に「ルーフ・ガーデン」をオープン
(月ー土 10:00~16:00、日11:30~16:00、フィフス・フロアにあるカフェの脇から上がることが出来る)。
また、サード・フロアに設けられた、同グループの150年の歴史をふり返る特別展も見ごたえあり(8月31日まで)。
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パートナーシップ誕生を促した 「Winged Figure」 |
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左上/現所在地での建築作業中のジョン・ルイス本店(1958年)。
右上/本店は2012年のロンドン五輪にあわせ、アレンジされた英国旗をまとった。
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下/ ナチスの空爆で被害を受けた、ジョン・ルイス本店での消火作業(1940年)。



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