2代目の時代、到来
スピーデンの平等の精神は顧客に対しても貫かれた。今もなお引き継がれる「どこよりも安く(Never Knowingly Undersold)」のモットーが掲げられ、良心的な価格設定にさらに顧客の信頼が集まるようになった。
1926年、ピーター・ジョーンズ店で成功した改革をすぐにでも他の店にも広げたかったスピーデンは、弟のオズワルドからジョン・ルイス店の権利を買い取って事実上の経営実権を手に入れ、ジョン・ルイス店の改革にも乗り出し始める。
その矢先の1928年、父ジョンが92歳で大往生を遂げる。ついに単独での経営者となったスピーデンは、自分が温めてきた構想の中でも最も革新的な制度を事業に取り入れる準備に入った。1929年に自分の持分を信託化して、ジョン・ルイス・パートナーシップという従業員所有企業を誕生させたのである。
1929年4月18日、スピーデンは、管理受託トラストへの最初の権利譲渡(the First Trust Settlement)を行なった。それは、ジョン・ルイスの店舗とピーター・ジョーンズ店、社員の福利厚生にも使っていた不動産のオドニー・エステート(Odney Estate)などにおけるスピーデンの所有権を管理受託トラストへ信託として移すというもの。その数日後には、ジョン・ルイス・パートナーシップ・リミティッド(John Lewis Partnership Limited)が設立されて、現在のジョン・ルイス・パートナーシップの基盤が誕生したのだった。
経費などを除いた後の利益は、本来はスピーデンが得るべきものであったが、それを一定の条件の下で、社員の配当に充てるための管理受託トラストへと渡されることになった。
これ以外にも、様々な取り決めが実施されたが、すべては、パートナーシップの究極の目的である、「すべての社員がビジネスの成功を通して仕事にやりがいと満足を感じ、幸福となること」を実現するためのものだった。
パートナーシップは社員=パートナーのために信託化されたものであり、パートナーは会社の利益と共に、会社の所有者としての責任も有する。一生懸命働いた仕事の見返りとして利益の配当を受け取る権利や、会社のビジネスがどのように行なわれていて、どこへ向かっているのかなどを知る権利、経営陣に情報を説明させる権利なども含まれる。この会社で働く人々は単なる社員ではなく、実際にこの会社を所有するビジネス・オーナーでもある。事業の究極の目的がすべてのパートナーの幸福であるのは、きわめて理にかなっていると言えるだろう。
憲章と言う名の一大マニュアル
スピーデンは、ジョン・ルイス事業における自分の権利を譲り渡す前年の1928年にパートナーシップの最初の経営規約となる憲章(constitution)を作りあげた。
事業を引き継ぐにあたり、後継者にはっきりとした指針を与え、自分が創りあげた構想が崩れることのないよう、憲章の中で、ジョン・ルイス事業がどのように進められていくべきかを細かく指示。また、このユニークな憲章の中でスピーデンは、外部株主の要望から自由な存在でいられる会社は事業においてより高い水準を築くことができることも訴えている。
全268ページに渡る憲章は、企業の原則や統治体制、パートナーシップの規則、代表や評議会の役割といったことから、社員の休憩時間の過ごし方や顧客との接し方、エレベーターの使い方や服装のエチケットなど、多岐に渡って細かく記述されており、創業150年を迎える今日でも、本質が保たれているという。
ジョン・ルイスで働くスタッフは、プロ意識が強く、勤勉である傾向が強いと感じる顧客が多いとすれば、、この憲章のおかげと言えそうだ。
小売業では「retail is detail(小売業は細部まで手を抜かないことが肝心)」とよく言われるが、この言葉はまるでスピーデンのために作られたようなものと思える。
事業家として大成功を収めたスピーデンには実は、博物研究家としての面もあった。自身でも第一人者であると自負していたという。自然界の美しさや種類の豊富さに興味を持ち、驚嘆する一方で、スピーデンの自然に対する情熱は、目録作りや収集品の整理、展示などにもつながっていた。
野生生物の収集から自らの身だしなみまで、完全を求め、こだわりの強かったスピーデンにとって、事業の構想においても、きちんとした組織と構造、そして規律を作ることが大きな関心事であったことが、この憲章からもわかる。

パ-トナーの福利厚生の場として活用されている、
ロングストックの庭でくつろぐ、晩年のスピーデン。


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