徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、夏のロンドン地下鉄はかように暑いんですの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

先月の猛暑が幻であったかのように、最近のロンドンは程よい涼しさに包まれ、温かいミルクティーを再び楽しめるようになりました。ですが、急激な気温の変化に身体が追いつかず、体調を崩してしまった方も多い模様で、友人も時折咳き込んでおります。日本も30度を超える日が続いているそうですけれど、お元気にお過ごしでしょうか?

さて本日もまた、英国について学びましたことをお父様にご報告したく、筆をとりました。

英国は緯度が高いため、夏も比較的涼しく過ごしやすい気候であるものの、実は年に数日、30度を超える「猛暑日」がやってきます。今年は6月中旬頃がそれにあたりましたが、猛暑の到来とともに「地獄」に変わるのが地下鉄の車内。異常とも言えるほどに車内の温度が上がり、まるでサウナのようになってしまうのです! とくに通勤ラッシュの時間帯は、あまりの人口密度と暑さに脱水症状を起こして倒れてしまう人もいるとのこと。わたくしは通学時にはバスを利用しておりますが、週末にたまたまセントラル線に乗車いたしました際、その息苦しいほどの暑さと隣に立っていらした男性から漂う体臭(申し訳ございません!)に、気分が悪くなってしまいました…。

一体なぜ、夏のロンドン地下鉄の車内はこのように暑くなってしまうのでしょう? エアコン等を設置する予定はないのでしょうか。気になりましたので、ロンドン交通局に問い合わせてみることにいたしました。

広報担当の男性によりますと、ロンドンで初めて地下鉄が開通したのは、今から150年以上前の1863年。地表に深い穴を掘り、地中を掘り進めてトンネルを完成させた後に、その穴を埋め戻す「開削工法」という手法をとっていました。そのため、初期の地下鉄には地表下6メートルほどを走る浅い路線が多いそうです。建設当初のトンネル内は地上よりも気温が低く、そこを走る地下鉄の車内もかなり寒かったとのこと。当時の新聞などには「英国一寒い交通手段」と紹介されていたとおっしゃっていました。つまり、冷房よりも暖房の設置案が挙がるほどだったのです!

しかしながら、長い年月をかけて地表の熱が地下に浸透。さらに、電車の加速や急停止時に発生する高熱(駅のプラットホームに立っておりますと、今なお飛び散る火花を目撃することがございます)により、トンネル内の気温は年々上昇し続けているのだとか…。地表に近いトンネルは地上の気温の影響を受けやすいことから、初期に開通した路線ほど、夏は暑くなる傾向があるとのことでした。

猛暑日は数日であるため、エアコンの設置は今のところ考えていないそうですが、今後ますますトンネル内の温度は上昇していくとみられるので、トンネル内の空調設備を改良することで対応していく予定と説明してくださいました。

ちなみに昨年行われた調査では、もっとも暑い地下鉄はベイカールー線(平均27度)、次がセントラル線(平均26・1度)、3位がノーザン線(平均25・2度)だったようです。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年7月1日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年9ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。