徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、ロンドンの地下鉄は「チューブ」と呼ばれますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、いかがお過ごしでしょうか? お父様の命により英国にまいりまして、丸3年が経ちました。日々の報告を兼ねたお手紙も、今回でなんと142通目となります。月日が過ぎゆくのは本当にあっという間のことで、驚きを禁じえません。先を見据え、わたくしも今後の身の振り方をしっかりと考えていきたいと思っている次第です。

さて今日も、英国の文化について新たに学びましたことをご報告させていただきますね。

ロンドンの地下鉄が通称「チューブ」と呼ばれていることは、お父様はきっとご承知のことと存じます。しかし誠に恥ずかしながら、わたくしは英国にまいりまして初めてこの言葉を知りました。英語学校の登校初日、クラスメイトに「どうやって学校まで来ているの?バス?それともチューブ?」と尋ねられたときの困惑を、今でもはっきりと思い出すことができます。それにしましても一体なぜ、「チューブ」という通称で呼ばれるようになったのでしょう? 今更ではございますが、ふと興味がわきましたので調べてみることにいたしました。

ロンドン交通局(Transport for London)に問い合わせましたところ、ケヴィンさんという広報担当の男性が意外にも(!)丁寧に対応してくださいました。彼のお話では、細長い円筒(tube)形のトンネルの中を電車が走る様子から、親しみを込めて「チューブ」と呼ばれるようになったとのこと。ただ正確には、最初は「Twopenny Tube」と呼ばれていたのだとか。

詳しく説明いたしますと、ロンドンで地下鉄が開通したのは約150年前の1863年。当時はトンネルの建設技術が今ほど発達していなかったため、地表に大きな溝を掘り、上から「ふた」をする手法がとられていました。1890年代に入ると、地下の深い部分を掘り進めることができる掘削機(シールドマシン)が登場。地表に溝を掘らなくてもトンネルをつくれるようになったものの、まだまだ技術力は低く、直系3・5メートルほどの小さな丸いトンネルしか掘ることができなかったそうです。その細長い円筒形トンネルを使った新路線として開業したのが、セントラル・ロンドン鉄道(現在のセントラル線の一部)でした。

当時の交通手段といえば馬車やバスが主流であった中、鉄道会社は少しでも多くの乗客を呼び込もうと、人々に愛される「ニックネーム」を考案。「チューブ」と「シリンダー」でかなり迷ったそうですが、結局前者を選択し、運賃が2ペニーであったことから「Twopenny Tube」と新聞各紙や街角のポスターなどで宣伝したことが始まりのようです。

ちなみに、トンネルにあわせて製造された列車は、当然コンパクトなサイズになります。当時の女性のドレスはスカート部分が大きくふくらんでいたので、車両はすぐに満員になってしまうことが少なくなかったとか。外の景色も見えず、狭い空間でじっとしていなければならなかったため、閉所恐怖症を引き起こして倒れる方も多かったそうですよ!

それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年9月9日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年11ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

週刊ジャーニー No.1001(2017年9月14日)掲載