徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、英国人は満員電車であまり詰めませんの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

ロンドンでは木の葉が色づきはじめ、秋の気配が色濃く感じられる季節になりました。わたくしの通う英語学校でも、先週からセントラル・ヒーティングが稼働しております。深夜や早朝は冷え込むせいか、体調を崩している友人も多いので、わたくしも帰宅後は手洗い・うがいをしっかりと行い、風邪など引かぬよう心掛けている次第です。

さて今回も、日本と英国の違いにつきましてご報告させていただきますね。

渡英当初より疑問に思っていた英国人の習慣のひとつが、「満員電車の乗り方」です。日本では朝の通勤ラッシュ時など、ひとりでも多くの人が乗り込めるように乗客はできるだけスペースを詰めて乗りますが、英国人は駅のプラットホームで人が待っていようとも、自主的に場所を詰めようとしません。とくに、向かい合う座席のあいだの通路に立つことを避ける人が多いため、車両のドア付近だけ混雑しているという状況に、しばしば陥ります。

また、プラットホームで待っている人も乗車を諦めるのが早く、無理に乗り込もうとはいたしませんし、スペースを詰めない乗客に対しイライラする様子も見受けられません。日本の「おしくらまんじゅう」のような満員電車を見知っているわたくしとしては、こうした英国人の「ゆとりある振る舞い」に感心しつつも、常々不思議に思っておりました(痴漢の心配が少なくて女性としては嬉しいのですけれど…)。

一体なぜ、英国人は満員電車でスペースを詰めないのでしょう? ずっと気にかかっておりましたので、今回調べてみることにいたしました。

様々な資料をあたりましたが、残念ながら明確な回答は見つかりませんでした。ですが、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの研究調査で、興味深い事実が報告されていましたので、それを紹介いたします。

同研究チームによると、人間は見知らぬ他人との距離が近くなると「恐怖感」を持つそうなのですが、英国人が恐怖を感じる距離は大体40センチなのだとか。つまり自身を中心に半径40センチの範囲が、快適に過ごすために必要なパーソナル・スペースとなります。このスペース内に他人に侵入されると、恐怖や不快感を覚えるので、なるべく避けようとするのだそうです。見知らぬ人々に囲まれ、逃げ場のない満員電車は、自己防衛意識がもっとも強く働く場所。人づきあいでも距離感を大切にする英国人にとって、他人と一定時間密着するのは耐え難いとのことでした。

ちなみに、英国や北欧の人々は、他人との距離に非常に敏感で、パーソナル・スペースも広いとのこと。一方、英国以外のヨーロッパ諸国や南米、アジア人のパーソナル・スペースは狭いそうです。とくに日本人は、一般的に衣服などが触れ合っていなければ「近い」と感じないことが報告されていました。

英国では電車の遅延は日常茶飯事ですので、不快感を我慢してまでも満員電車に乗る必要性を感じられないのかもしれませんね。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年9月25日 るり子



とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英3年。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

週刊ジャーニー No.1003(2017年9月28日)掲載