徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、ロンドン東部の方言をコックニーと呼びますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、いかがお過ごしでしょうか?

早速ではございますが、本日はロンドン生活を送る中で疑問に感じておりました事柄について、ご報告いたしますね。

小さな島国でありながら、日本では関東と関西で話す言葉が若干異なるように、英国でも多様な方言(アクセント)の英語が話されています。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにおける発音やアクセントはそれぞれ大きく異なっており、以前ベルファストを旅行した折には、レストランの店員がおっしゃっていることを理解できず、何度も尋ね返した苦い思い出がございます。

イングランドの方言の中でもっとも有名なものは、おそらく「コックニー(cockney)」ではないでしょうか。コックニーはロンドン東部、正確にはシティにあるセント・メアリー・ル・ボウ教会の鐘の音が聞こえる範囲内で生まれ育った人々が話すアクセントのこと。いわゆる江戸っ子が話すような「下町言葉」にあたります。主に労働者階級の言葉とされ、上流階級からは伝統的に「汚い」英語として忌避されてきました。しかし近ごろ、コックニーを話していた人々が、物価の上昇によりロンドン郊外のエセックスへ引っ越しているのだとか。その代わりに、バングラデシュ系移民が同地に移住しはじめており、コックニーが消えていっているそうなのです!

それにしましても、一体なぜロンドン東部の方言を「コックニー」と呼ぶのでしょう? どんな由来があるのでしょうか。エドワーズさんのご友人の一人に言語学者の女性がいると知り、不躾ながら質問させていただくことにいたしました。

スーザンさんのお話によると、「コックニー」という言葉が歴史上に最初に登場したのは、14世紀の詩人ジェフリー・チョーサーの著作『カンタベリー物語』とのこと。「雄鶏(コック)が生んだかような形の悪い卵」を意味する単語で、チョーサーは「甘やかされて育った都会(ロンドン)育ちの軟弱な若者」を指し示す言葉として使っていたのだとか。これは当時の男性にとって、かなり侮辱的な表現だったそうです。

17世紀に入ると、「コックニー」は代々ロンドンで暮らす人々を指す単語に変化しました。ロンドンは、古代ローマ帝国が創建した都市ロンディニウムを起源とします。旧ロンディニウムは現在のシティ地域にあたりますので、どれほど人口が増え、街が大きく広がっていこうとも、昔からこの地に住む人々は「自分たちこそがロンドナー」というプライドを持っていたとのこと。「コックニー」と呼ばれるのは、彼らにとって誇らしいことだったようです。

ところが18~19世紀にかけて産業革命が始まると、同地区に貧しい労働者が集中。そのため、「コックニー=労働者階級の人々」との認識が広がり、やがて彼らが話すアクセントもそう呼ばれるようになったとおっしゃっていました。

またひとつ、英国の文化を学びました。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年11月11日 るり子



とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の27歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英3年2ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

週刊ジャーニー No.1010(2017年11月16日)掲載

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