何ゆえ、ロンドンは居心地がよく「離れるのがつらい」と思わせるんですの?
愛するお父様へ
前文お許しくださいませ。
お父様のおかげでロンドンにて勉学に励む貴重な機会をいただきましてから、早くも3年3ヵ月が経ちました。英語だけでなく、かねてより興味を持っておりましたヴィクトリア朝時代の文化を学んだり、美術品に触れたりできた経験は、わたくしにとって大変大きな収穫であったと実感しております。
また、お父様のオックスフォード大学ご留学時代からの旧友であるエドワーズご夫妻という、素晴らしい方々のもとでホームステイさせていただいたことも、極めて幸運な出来事でございました。エドワーズご夫妻とお会いしていませんでしたら、英国に対する見聞はもっと偏ったものになってしまっていたことでしょう。
いよいよあと10日ほどで、この長い留学期間に終止符を打ち、お父様、お母様のもとへ帰らせていただくことになります。婚約者の綾人様からも、わたくしの帰国を待ちわびておられる旨がしたためられたお便りが届き、お会いするのを楽しみにしている次第です。
それにしましても、ロンドンは本当に居心地のよい場所であったと、今更ながらに思わずにはいられません。当然ながら、家族や親類がまわりにいない環境が、わたくしを自由な気持ちにさせてくれたという事実は否めません。ですが、世間の目や流行などを気にかけなくてはならない日本での生活に比べて、何を好もうとも、どのような服装をしようとも「個性」として受け入れてもらえる英国生活は「呼吸がしやすい」と感じることが多々ございました。おかげで、自分の内面と向き合う時間がしっかりと取れた気がいたします。
もっとも、怒りを覚える機会も同じほどあり、バスや地下鉄といった公共交通機関や郵便事情、NHSサービスなどのいい加減さ、銀行等での進まない手続きにイライラさせられましたし、「人種差別では?」と感じるような不快な思いも何度か経験いたしました。決してプラス面ばかりの都市ではございませんが、こうした怒りや苛立ちもいずれ懐かしく思い出される日がくるに違いありません。
18世紀の英国人著述家、サミュエル・ジョンソンが述べた「ロンドンに飽きた者は、すなわち人生に飽きた者だ」という有名な言葉がございます。まさに今のわたくしは「まだロンドンにいることに飽きない」心境にあるからこそ、これほどこの地を離れ難く感じるのでしょう。
最後になりましたが、ロンドンでの日々により、わたくしが日本人であることを自覚し、日本を外から見つめなおすよい機会となったことも、あわせて書きしたためておきます。本当に恵まれた時間を過ごさせていただきました。
それでは、日本にて再びお目にかかれますことを楽しみにしております。
心からの感謝を込めて。
かしこ
平成29年12月17日 るり子
徳川るり子嬢の日本帰国にともない、今回をもちまして「細腕感情記2」は終了させていただきます。長い間のご愛読、ありがとうございました。
今後は編集部が皆さんの疑問に答えます! 日常生活で感じている些細な疑問、英国文化の気になる由来など、何でも構いません。
皆さんのご投稿をお待ちしております。
週刊ジャーニー No.1015(2017年12月21/28日)掲載