徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、イースターに
ホットクロス・バンを食べますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、いかがお過ごしでしょうか? 4月に入り、今年も3分の1が過ぎてしまったことに改めて気づき、愕然といたしました…。冬季閉館していた郊外のマナーハウスやカントリーハウスなどもオープンしはじめる時期ですので、見聞を広めるためにもそろそろ「本格始動」しようと思っている次第です。

さて、今回もまた、新たに知りました英国の習慣についてご報告いたしますね。

欧米において、イエス・キリスト生誕の日である「クリスマス」と並んで重要な宗教的イベントが、キリストの復活祭「イースター」。今年は4月14日~17日までが、その期間にあたります。なかでも、キリストが十字架に磔になった金曜日は「グッドフライデー(聖なる金曜日)」と呼ばれ、この日に食べるのが「ホットクロス・バン(Hot Cross Bun)」です。ホットクロス・バンとは、ドライフルーツを生地に混ぜ込み、シナモンなどのスパイスを加えて焼き上げたパンのことで、上部に十字(クロス)が入っているのが特徴。トーストしたパンを半分にスライスし、バターをたっぷりと塗っていただきます。今ではスーパーマーケットなどで一年中販売されていますが、イースターに欠かせない伝統的な食べ物として、毎年この季節になりますと、あちらこちらでホットクロス・バンが山積みになっているのを見かけます。

それにしましても、一体なぜグッドフライデーにホットクロス・バンをいただく習慣が生まれたのでしょう? 気になりましたので、調べてみることにいたしました。

いくつか資料をあたりましたところ、起源は14世紀にさかのぼるようです。ハートフォードシャーにある町、セント・オーバンズの修道士が、表面に十字を刻んだパンをグッドフライデーに貧しい人々へ配ったのだとか。以降、グッドフライデーの朝になると、町にはホットクロス・バン売りが溢れるようになったそうです。ただ、「ホットクロス・バン」という名前で知られるようになったのは、それから400年後の18世紀のことでした。表面上の十字はご想像の通り、キリストが架けられた十字架を表しています。当初は十字に切り込みを入れただけだったようですが、現在では細長く切ったペストリーを十字にのせて焼いたり、アイシングなどで十字に飾ったりするものが主流となっています。

ちなみに、キリストが処刑されたグッドフライデーに焼かれたパンには、魔よけや幸運をもたらす力があるのだとか! そのため、カビが生えたり腐ったりしないと信じられていたとのこと。

ほかにも、ホットクロス・バンには様々な言い伝えが残されており、たとえば「台所に下げておくと火災に見舞われない」「病人に食べさせると病気が治る」「ひとつのパンを分けあって食べると、その友情はずっと続く」「船に持ち込むと難破しない」などなど…。 正直なところ、にわかには信じ難い伝承ばかりですけれど、英国では春の訪れを感じられる縁起のよい食べ物であるという点は、今も変わらないようです。

それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成29年4月2日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年6ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。
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