徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2016年2月19日
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何ゆえ、英国では白い水垢が
ケトルや食器に残りますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 お父様、お変わりありませんでしょうか? 早速ですが、先日、友人のジュリア嬢が暮らすフラット(日本のアパートにあたります)にうかがいました際に、体験しましたことをご報告したく、筆をとりました。
 ジュリア嬢は、同じイタリア人の女学生と2人でフラットシェアをしており、キッチンとバスルームを共同で使っています。ジュリア嬢がお得意の料理、ジェノベーゼ・パスタを振舞ってくださるとのことで、わたくしは手土産として、近所でフルーツタルトと紅茶を購入し、彼女のフラットへ向かいました。初めて訪ねた彼女の部屋は、モノトーンで統一されたシックな雰囲気で少々意外でした(ジュリア嬢はとても陽気な女性なのです)。
 さて、お手製のパスタを頂いた後のことです。デザートの時間となり、わたくしはキッチンをお借りして紅茶の準備をすることにいたしました。ケトルからカップにお湯を注ぐと、底に何やら白いかけらのようなものが沈んでおります。不思議に思い、ケトルのふたを開けますと…内部にびっしりと白い汚れが! 思わず小さく悲鳴をあげてしまいました…。スポンジで洗い流そうといたしましたが、なかなか綺麗になりません。仕方なく鍋でお湯を沸かそうとしたところ、その鍋の底にもうっすらと白い汚れ! ジュリア嬢にこれは何かと尋ねますと、彼女はキョトンとした表情で「それはライムスケールよ。ロンドンは硬水だから」とおっしゃるのです。ライムスケールとは一体何でしょう? こうした汚れがついた食器を使って、身体に有害ではないのでしょうか? 不安になり、調べてみることにいたしました。
 資料によりますと、「ライムスケールlimescale」とは、石灰質の水垢のことでした。地域によって差はありますが、英国の水は日本のものよりもマグネシウムやカルシウムを多く含んでいるため、これらの成分が付着しやすく、それが「白い汚れ」に見えたようです。水1リットル中のマグネシウムとカルシウムの含有量が120mg以下を軟水(soft water)、120mg以上を硬水(hard water)と呼ぶとのこと。東京の水道水の平均硬度は、約80 mgで軟水であるのに対し、ロンドンの水道水の平均硬度は約250mgで硬水になります。
 水道水の水源となる雨水は、もとは軟水だそうです。雨水は花崗岩やスレートに触れても軟水のまま硬度は変わりませんが、ライムストーンやチョークといった石灰岩に触れると石灰質を多く含み、硬水となってしまいます。そのため、英国は一般的に硬水の国だと思われているそうですが、花崗岩やスレートが多いイングランド北部やスコットランドは低硬度で軟水に近いのだとか。
 また、硬水を飲み続けても、まったく身体に害はないとのこと(日本の軟水に慣れた人は、お腹を壊すこともあります)。かつてバースが温泉保養地として栄え、そのお湯が『薬』としても人気があったように、健康によいとさえ考えられていました(バースの硬度は約300mgです)。ですが、現在はキッチンやバスルームなど、水を使う所には必ず出現する「掃除の手強い敵」として、煩わしがられているようです。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ 
平成28年2月15日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年5ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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