徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2016年1月21日
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何ゆえ、公園のベンチには
故人の名前やメッセージが
刻まれているものがありますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 ロンドンは例年よりも暖冬であったため、今月初めには「春の訪れを告げる花」と呼ばれるスイセンが早くも咲きはじめる気配をみせておりましたのに、先週から一転して厳寒となってしまいました。急な気温の変化に体調を崩してしまった友人も少なくありません。関東でも大量の積雪があったようですが、お父様も、お風邪を召されないようご自愛くださいませね。
 さて本日は、エドワーズご夫妻と近所の公園を散歩した際、興味深く思いましたことをご報告させていただきます。
 英国人は、散歩がとても好きなようです。天気のよい日には、家族、恋人、友人や犬と、あるいはひとりで公園などを散策する姿をよく見かけます。エドワーズご夫妻も散歩が日課となっており、先週末、はじめてご一緒させていただきました。凍てつくような寒さでしたが、澄んだ青空の下、駆け抜けていくリスを目で追いながらのんびり歩を進めていると、普段は見過ごしていたさまざまなものに気づきました。そのひとつが、公園にある木製のベンチです。
 エドワーズご夫妻は時折ベンチの前で足を止め、何やら話しあったり、頷きあったりしています。不思議に思ってその目線をたどってみますと、ベンチの背に飾られている小さなプレートを眺めているご様子。プレートには故人と思われる方のお名前と生没年、そしてメッセージが刻まれていました。「この公園で毎日遊んでいるあなたの子供たちを、天国から見守ってくださいね」。生没年を見ると、2年前に30歳で世を去ってしまった男性に向けての言葉であることがわかり、目頭が熱くなってしまいました…。あらためて周囲を見回せば、他のベンチにも「ここからの眺めを愛した父へ」「心から公園を愛し、毎日散歩を楽しんだ母へ」などと刻まれたプレートがはめ込まれています。
 ご夫妻によると、これらは「メモリアル・ベンチ」と呼ばれ、遺族や友人が故人を偲んで寄付したものとのこと! その人が好きだった場所や思い出の地に置くのだとか。遺族が訪れたのか、花が添えられているベンチを目にすることもあるそうです。このメモリアル・ベンチを設置するには、どのような手続きが必要なのでしょう? ふと興味を覚え、ウェストミンスター・カウンシルの「Parks & Cemeteries Service」に問い合わせました。
 広報の方の話では、住んでいる地区のカウンシル(自治体)に申し込んで料金を支払えば、プレートの制作からベンチの購入・設置まで、すべて手配するとのこと(ウェストミンスター地区では「Donated Benches Scheme」といいます)。同地区の場合、費用は1060ポンド(約18万円)で、プレートやベンチが破損しても10年間は無料で修理してくれるようです。グリーン・パーク、ハイド・パーク、リージェンツ・パーク、セント・ジェームズ・パークといったロイヤル・パーク等を除き、基本的にどこの公園・墓地にも設置可能で、2~3ヵ月で作業が完了するとおっしゃっていました。
 何気なく置かれているベンチひとつひとつに、実はたくさんの思いが込められているのですね。故人が生前愛した場所にベンチを贈り、次に訪れる人々に憩いの場を提供する…散歩好きな英国人らしい素敵な習慣です。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ 
平成28年1月18日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年4ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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