徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2016年1月14日
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何ゆえ、電車の車内に
新聞を放置していきますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 お父様、お変わりありませんでしょうか? 早速ですが、今日は日本と英国の習慣の違いをまたひとつ発見いたしましたので、それについてご報告いたします。
 わたくしは英語学校までバスで通学しているのですが、先日、恥ずべきことに人生で初めて朝寝坊をしてしまいました(少しだけ弁明をお許しいただけますでしょうか。日本から戻ってきて間がなかったため、時差ぼけが治らなかったのです…。もう二度といたしません!)。バスでは始業時刻に間に合わないため、慌てて地下鉄に乗ったのですが、そこで驚くべき光景を目にしてしまいました。
 ロンドンの地下鉄の駅では、「メトロ」と呼ばれる無料の新聞が配布されています。朝の通勤ラッシュに乗り合わせたときは、7~8割の乗客が新聞を読んでいることも珍しくないそうです。日本では、携帯電話やタブレット端末をいじっていたり、居眠りをしていたりする人が多く、新聞を読んでいる姿を見かけることはあまりございません。「さすがシェークスピアやディケンズを生み出した国だわ」と感銘を受けていたのですが、問題は『その後』です。読み終えた新聞を駅のゴミ箱に捨てるか、持ち帰るのではなく、車内にそのまま放置していく人のなんと多いこと! 学校で友人のソフィア嬢に、その非常識さについて愚痴をこぼしておりましたら、彼女はきょとんとした顔で、こう言ったのです。「それは放置しているのではなくて、次の人のために置いていっているのよ」。ソフィア嬢は地下鉄通学をしており、知らない隣の席の人から、「その新聞を読み終えたら、次に読ませてもらえる?」と声をかけられることもあるのだとか。本当にこうした習慣が認められているのでしょうか? ロンドン交通局に問い合わせてみました。
 広報の方の話によりますと、1990年代半ばにスウェーデンで無料新聞が発行されたのを機に無料紙発行の波が欧州に広がり、ロンドンでも1999年に「メトロ」が創刊されたとのこと。地下鉄駅などで配布され、短時間で読めるように、通常の新聞より短くかつ平易な文章で書かれているそうです。英国の最新ニュースを広く浅く知るのに最適な「メトロ」は人気を博し、利用客の多い駅では瞬く間に品切れ状態に…。その結果、入手できなかった人のために誰からともなく「置きっぱなし」にするようになったとおっしゃっていました。
 ロンドン交通局は、とくにこの習慣について言及していなかったそうなのですが、2007年以降、テロ対策で爆弾を仕掛けやすいゴミ箱を駅構内から撤去したところ、新聞の放置が急増。思いやりの行為だったはずが、単なる「ポイ捨て」に変化してきていると嘆いておられました。新聞の大量放置による事故も少なくなく、ドアの隙間に挟まって開閉ができなくなったり、線路に落ちて電車が一時停止したりすることもあるとのこと。こうした事故は電車の遅延やダイヤの乱れに繋がることから、近年は「新聞はゴミです。ゴミはゴミ箱へ」とポスターで呼びかけるなど、新聞の放置をやめるよう協力を求めているそうです。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ 
平成28年1月11日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年4ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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