徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2016年1月8日
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何ゆえ、地下鉄の車両と
プラットフォームのあいだには、
大きな隙間がありますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 あらためまして、明けましておめでとうございます。久々に日本に帰国し、お父様、お母様と一緒にクリスマスと年末を過ごすことができ、心身ともにリラックスとリフレッシュができました。英国での生活も1年3ヵ月が経ち、慣れたように感じておりましたが、やはり気を張っていることも多いのでございましょう。今年も語学力向上につとめ、様々なことに挑戦して見聞を広めてまいりたいと思っております。さて新年早々、ご報告したいことが生じましたので、筆をとりました。
 ロンドンの地下鉄駅での名物アナウンスといえば「Mind the Gap.」です。これは「車両とプラットフォームのあいだの隙間(ギャップ)にお気をつけください」という意味で、このフレーズが記載されたお土産物も頻繁に見かけます。とはいえ、これまで地下鉄に乗車しましても、身の危険を感じるほどの大きな隙間に遭遇したことはありませんでした。
 ところが昨日、セントラル線を利用したときのことです。バンク駅で降車しようといたしましたら、プラットフォームとのあいだにポッカリと大きな「無の空間」が広がっていたのです! その幅と言いましたら、人ひとりが簡単に落ちてしまうほどの広さ! 少々急いでおりましたので、ドアが開くと同時に車外へと足を踏み出そうとしたのですが、飛び移るようにして降りなければならず、ヒヤリといたしました…。小さなお子様連れのご夫婦も、その隙間を見て驚愕した様子で、別の車両のドアへと移動していきました。どれほど「Mind the Gap.」とアナウンスしようとも、このような隙間があってはいつ事故が起きるとも限りません。なぜきちんと対処しないのでしょう? 腹立ちが収まらず、ロンドン交通局に問い合わせることにいたしました。
 広報の方の話によりますと、ロンドンで初めて地下鉄が開通したのは1863年だそうです。トンネル技術が今ほど発展していなかったため、地表に深い溝を掘り、トンネルを完成させた後に埋め戻すという「開削工法」を行っていました。そのため、初期の地下鉄には地表下6メートルほどを走る浅い路線が多いとのこと。工事に先立って、路線上に建つ家屋は立ち退きを求められたそうですが、その立ち退き料を最小限に抑えるため、できるだけ道路の下にトンネルをつくるようにしたのだとか。その結果、最短となる直線ルートどおりに線路を築くことができず、トンネルは左右に蛇行することになりました。トンネルにあわせて大きく湾曲したプラットフォームと地下鉄のまっすぐな車両は、当然ながらピッタリと沿うはずがありません。プラットフォームの湾曲の程度や向きにもよりますが、各車両の中央付近か、両端付近に隙間ができてしまうのだそうです。この隙間を塞ぐのは容易ではなく、トンネル、線路、プラットフォームなど、すべてを建造しなおす必要があるとのことでした。
 路線が古く、隙間ができてしまう駅では、乗客に注意を促すために「Mind the Gap.」のアナウンスを流すほか、特に大きな隙間が生じる車両のドア開閉場所には「Mind the Gap.」とプラットフォームに書き、目に留まるようにしているそうです(適当な位置に書かれているわけではなかったのですね)。ちなみに、もっとも大きな隙間がある駅はセントラル線のバンク駅(わたくしが降りた駅です!)で約38センチ(!)、次がベイカールー線のピカデリー・サーカス駅で35センチとのお話でした。それでは今日はこのへんで!

かしこ 
平成28年1月5日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年3ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

ruriko