徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2015年10月30日
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何ゆえ、ポピーの花飾りを
身に着けますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 ロンドンでは色づいた木々の葉が落ち始め、街行く人の装いにも変化が見られるようになりました。冬のオシャレを楽しむ人々のファッションを観察しながら街を歩くのが、最近のわたくしの楽しみとなっています。
 ところで先日、いつものように人々の装いを眺めながら駅から学校までの道を歩いておりますと、ふと気になるものを発見いたしました。今回は、そのことについてご報告したいと思います。
 わたくしがすれ違っただけでも10人を数えたでしょうか。老若男女、みなさん一様に紙で作ったような、かわいらしい赤い花飾りを胸につけておられるのです。
 学校に到着しましてから、スミス先生に尋ねてみますと、「もうそんな季節になりましたか」としんみりとしたご様子。先生によりますと、英国で11月11日は、第一次世界大戦が終結(連合国とドイツが停戦協定を締結)したことを記念する「リメンバランス・デーRemembrance Day」(アーミスティス・デーArmistice Day〈停戦の日〉とも呼ばれます)と定められているとのこと。記念日の数週間ほど前から戦没者を追悼する意をこめて、赤いケシの花(英語ではポピーと呼ばれます)を身に着ける習慣があるそうです。11月の第2日曜日(「リメンバランス・サンデー」と称されます)に各地で催される追悼式典で慰霊碑に献花されるのも、この花とのことでした。
 ところで、なぜ赤いポピーが戦没者追悼の象徴として用いられているのでしょう。確か、花言葉は「慰め」だったはず。そのようなことも背景にあるのでしょうか、調べてみることにいたしました。
 各資料をあたってみますと、第一次世界大戦で戦いの舞台となった場所のひとつ、ベルギーからフランスにかかる地域では、ポピーの花が広く生息したとのこと。終戦を迎え荒地となったその一帯に咲いたのは、血のように赤いケシの花だけだったのだそうです。カナダの軍医として従軍したジョン・マクレーさんが、1918年に同志の死を悼んで詠んだ詩のなかでも、ケシの花が象徴的に描かれていました。それらに由来し、ポピーは戦争で失われた尊い命を忘れないためのシンボルとなったようです。
 1921年には、退役軍人の生活保護を行う、英国退役軍人会が発足。ポピー・アピールと呼ばれるチャリティ活動が始められ、寄付を行うと、代わりに紙で作られたポピーの花飾りが手渡しされるようになりました。みなさんの胸に見られた花はこれによるものだったようです(後日、学校の近くの駅にも寄付を募るボランティアの方が立っておられました)。
 先にも書きましたように、もともとリメンバランス・デーは第一次世界大戦の終戦を記念したものです。しかし、その後も、第二次世界大戦や、フォークランド紛争など、残念ながら英国は再び戦争に参加しています。この記念日は、第一次世界大戦だけでなく、数々の戦いで命を落とされた方を追悼する日でもあると聞きます。赤いポピーを胸に抱くようになって長い歳月が経過しておりますが、21世紀に入ってからも戦いで命を落とす人がいるという現実を思うと、胸が締め付けられる思いです。世界の平和を祈りつつ、今日はここで筆をおくことにいたします。

かしこ 
平成27年10月27日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の24歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年1ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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