徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2015年8月28日
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何ゆえ、自分の「好み」を紅茶にたとえますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 お父様、いかがお過ごしでしょうか? 本日もまたひとつ新たに知り得たことを、ご報告させていただこうと思います。
 英国でのわたくしの一日は、紅茶で始まり、紅茶で終わります。以前からミルクをたっぷりと注いだミルクティーが気に入っておりましたが、最近はティールームめぐりをすることが週末の楽しみのひとつとなっています。
 先日、いつものように友人とティータイムを満喫した後、近くの公園を散策しておりましたら、面白い英語表現を耳にいたしました。向かいから歩いてきた男性を見た友人が、「He is my cup of tea!」とわたくしにそっとつぶやいたのです。初めて聞く表現ではあったものの、少し恥ずかしそうにその男性を見つめる友人の様子から、何となく意味は理解できました。つまり、彼女はその男性を「好ましい」と感じたのです(残念なことに、彼女の可愛らしい反応を見ているうちに、肝心のその男性を見逃してしまいました…)。
 それにしても、なんと英国らしいフレーズなのでしょう! 英国人には、一人ひとりに好きな紅茶の味やこだわりがあります。ミルクなしか、ミルク入りか。お砂糖なしか、お砂糖1つ、あるいは2つか…などです。そのため、「自分の好みの紅茶(my cup of tea)」というフレーズを「私の好み」という意味として日常的に使うのだとか。とくに、好まない事柄について「not my cup of tea」とやわらかいニュアンスで否定することができるので、とても便利なのだそうです。いつからこのような表現を用いるようになったのか興味を覚え、調べてみることにいたしました。
 いくつかの資料によりますと、お茶を飲む習慣を英国ではじめたのは、ポルトガル王女キャサリンといわれています。1662年に英国王チャールズ2世のもとに嫁いできたキャサリンは、当時は貴重品だったお砂糖と、中国のお茶を大量に持参。「お砂糖を入れてお茶を飲む」という喫茶方法をイングランドの宮廷に広めました。
 お茶の存在自体は、それ以前にすでに英国で紹介されていたようで、「チャーchaa」(中国語でもお茶のことは「チャchá」と呼びます)として知られていたとのこと。どの時点で「tea」と変化したのか定かではないようですが、1659年の書物に「tee」という名が登場しているそうですので、キャサリンがお茶を飲む習慣を持ち込んだ頃にはこの言葉はおそらく定着していたのではないでしょうか。
 一方、「my cup of tea」が最初に見られるのは20世紀初頭で、自分と馬の合う、大切な無二の友人を表現するフレーズでした。しかし1930年代に入ると、人物に限らず「お気に入りの」「好みの」といった気軽な意味合いで使われるようになり、現在に至っているようです。ほかにも紅茶に関連する表現は多く、「Not for all the tea in China.(どんなことがあっても絶対にしません)」、「It’s as good as a chocolate teapot.(まったく役に立ちません)」、「A storm in a teacup.(つまらないことでの大騒ぎ)」など、日常生活で使えそうなものばかりです。一杯の紅茶に込められている、英国人ならではの精神や美意識を実感し、ますます紅茶が好きになりました。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ 
平成27年8月25日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の24歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英11ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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