徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
2015年5月29日
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何ゆえ、パブの多くが午後11時に
閉まってしまいますの?

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ
徳川るり子

愛するお父様へ

 前文お許しくださいませ。
 本日もひとつ報告したいことがあり、筆をとりました。
 英国には「パブ」と呼ばれる居酒屋さんが、本当にたくさんあります。居酒屋さんと申しましても、日本のそれとは異なり飲むほうに圧倒的な比重が置かれ、せいぜいポテトチップス(こちらではクリスプスと呼びます)をつまむ程度。立ったまま飲むことがむしろ普通で、仕事や家庭でのグチから政治まで、多岐にわたる話題を肴に何杯ものビールを楽しみます。
 どんな田舎の小さな村に行こうとも必ず1軒はあり、大きな都市では通りごとにある、といわれるほどパブは英国人の暮らしと深いつながりのある場所で、娯楽施設、いえ大切な社交場というべきでしょう。
 これらのパブの多くは、午後11時になると閉店します。わたくしも学校の友人女性たちと遅くまで残っていたことがあるのですが、11時になったところで「ラスト・オーダー」という合図の鐘が鳴らされ、この後に閉店となりました。わたくしは、取り立てて疑問に感じなかったのですが、アメリカ滞在経験のある友人が「11時に閉まってしまうなど、ニューヨークでは考えられないことよ」と話すのです。確かに、ロンドンは国際都市ですから東京やニューヨークと同様に「眠らない街」との名を冠しても良さそうなもの。英国文化の一端を担うパブが11時に閉店してしまうのはなぜなのでしょう。わたくしの好奇心が頭をもたげて参りましたので、調べてみることにいたしました。
 実はこの「11時閉店」について、10年前までは法律で厳守が定められていたとのこと。第一次世界大戦中、弾薬をつくる労働者たちの技術が、二日酔いで低下するのを防止する目的で導入されたのが発端なのだそうです。ヨーロッパの大陸諸国では、24時間営業体制が可能というフレキシブルな対応をしている国が多いのに比べ、英国は時代遅れであるとの指摘がなされてきましたが、あえて頑固に昔ながらの法律を守ってきたようです。
 ところが今から10年前、アルコール販売に関する法律(ライセンシング・アクトThe Licensing Act)の改訂が行われ、イングランド、およびウェールズでは、追加料金を支払ってライセンスを取得すれば24時間アルコールの販売、提供ができるようになりました。
 法律制定にあたっては様々な議論が繰り広げられました。営業時間の延長が犯罪の増加に結びつく、あるいは飲酒を促し健康被害の深刻化が懸念されるといった反対派の声も広く聞かれました。その一方で、パブが一斉に閉店することにより、閉店直前にあわてて多量にお酒を飲んだためにひどく酔った人たちが道にあふれてケンカを始めたり、交通機関に殺到したりすることにより起こるトラブルが解消される、など賛否両論の意見が激しく交わされました。
 結局、新たな法律が施行されることになりましたが、ふたを開けてみれば、深夜営業を行う店舗が極端に増えたわけではなかったとのこと。最近の調査で、パブの営業時間が延びたのは平均するとわずか21分であることが発表されました。法律は変われども習慣はなかなか変わらないものなのでしょう。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ 
平成27年5月25日 るり子

徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の24歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英8ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。

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