
■ 第193話 ■ダビデがにらむ相手の正体
▶今から3000年くらい前、紀元前11世紀から紀元前8世紀まで「イスラエル王国」というユダヤ人の国があった。今のイスラエルの辺りだ。初代王はサウルと言った。近隣にペリシテ人がいた。鉄を自在に操るヒッタイトという強国を滅ぼした謎の集団「海の民」の一部族と言われる。ペリシテ人はたびたびイスラエル王国に侵入した。その中にひと際大きな男がいた。名をゴリアテ(Goliath)と言った。身長は最低でも2メートル強。3メートル弱とする説もある。ある日イスラエル軍とペリシテ軍が対峙した。隊列の前に進み出たゴリアテが「イスラエルに俺とサシで勝負する勇気のある奴はいないか。そいつが勝ったら俺たちはお前たちの奴隷になろう。だが、俺が勝ったらお前たちは俺たちの奴隷となる。どうだ」と挑発した。巨人との一騎打ち。イスラエル兵の誰もが「どうぞどうぞ」と譲り合った。
▶イスラエル兵の後ろに羊飼いの少年がいた。名をダビデと言った。ダビデはイスラエル軍兵士だった兄たちに差し入れを届けに来ていた。ゴリアテの罵詈雑言を聞いて腹を立てたダビデは王に「僕にやらせて」と進言した。しかし王は「なんだ小僧、お前、羊飼いじゃん」と言って相手にしなかった。譲らないダビデ。仕方なく王は自分が着けていた鎧を脱ぎ、剣と共にダビデに与えた。しかしダビデは「ない方が動きやすい」と断った。そして「僕にはこれがある」と言い羊飼い用の杖と革製の投石器を見せた。ダビデは足元に落ちていた手頃なサイズの石を5つ拾い上げて袋に入れた。

▶兵士たちの前に出て来たダビデ。ゴリアテは「お前は死ぬには若過ぎる」と下がるよう促した。案外いい奴。しかしダビデは一歩も引かない。仕方なくゴリアテも剣を抜き「ではお前の肉を鳥や獣にくれてやる」と凄んだ。ダビデは投石器に石を詰め、頭上でビュンビュン回して徐々に加速した。ブンと放たれた石はゴリアテの眉間を直撃。巨人はその場にドッと倒れて気を失った。ダビデはゴリアテの剣を奪い、たちまち首を切り落とした。ペリシテ人はゴリアテの敗北に驚いて総崩れとなり一目散に逃げ去った。イスラエル兵たちは歓喜の雄叫びをあげた。これは旧約聖書の「サムエル記」第17章に記されている戦いの様子だ。勝ったユダヤ側が盛りに盛って書いた痛快ファンタジーだろうが、武力衝突自体は実際にあったと思われる。上の写真は1500年頃にミケランジェロが彫ったダビデ像。左肩に載せているのが投石器だ。なぜヒーローが全裸なのか、なぜユダヤ人なのに割礼していないのかなど突っ込みどころ満載の秀逸アート。
▶ユダヤ人のヒーローとなったダビデ。「彼こそが次期国王」という預言を聞き、激しく嫉妬したサウル王に何度も命を狙われるが逃げ延びた。その王が死ぬとダビデはイスラエルの2代目国王として迎えられた。息子ソロモンと共にペリシテ人を支配し、全盛期を迎えた。その後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂。イスラエル王国はアッシリアに、ユダ王国も後に新バビロニアに滅ぼされた。ペリシテ人の住む地は「パレスタイン(パレスチナ)」と呼ばれた。ユダヤ王ダビデの像が睨みつけているのはパレスチナ人だ。イスラエルとパレスチナはまだユダヤ教すら確立していない3000年以上前から、今とほぼ同じ土地で争っていた。パレスチナ問題。根は思ったよりもっとずっと深いところにありそうだ。チビリながら次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。
週刊ジャーニー No.1315(2023年11月2日)掲載
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