◆◇◆ 消費量4番手のアルコール ◆◇◆
気候が良くなると、人々がパブ周辺の道路にまではみ出さんばかりにあふれ、パイントグラスを片手に談笑する姿は、英国の見慣れた風景の一つだ。気温が上がってくる5月ともなるとどのパブも賑わっているが、英国人は春夏秋冬、季節を問わずとにかくビールを良く飲む。食事時の一杯、仕事帰りの一杯、サッカー中継を見ながらの一杯など、何かにつけてビールを飲んでいる印象だ。確かにビールはその消費量において、他のアルコール類を抑え、長きに渡り英国第1位の座を守り続けてきた。
しかしながら、安泰と思われていたビール人気も、実は10年程前からじわじわとワインに追いつかれつつあり、今や両者はほぼ同等に飲まれていると言える。(下ページの表参照―成人1人当たり、1週間のアルコール消費量の内訳)。ビール一辺倒だった英国人の好みもここに来て大分変化してきたことになる。
そして今回のテーマであるサイダーだが、同じ表中の最も短い尺で表されていることから読み取れるように、ビール、ワインの各消費量の半分にも及んでいない。お世辞にも英国で大人気のアルコール、とは表現できないのが現実だ。
ではなぜ、そんなサイダーに光を当て、我々が今回お伝えしようとしているのか? 下ページの表をもう一度良く見て頂きたい。少々読み取りづらいのだが、サイダーは、2006年辺りから着実に消費量を伸ばしており、1986年と比べると倍以上飲まれていることがお分かりいただける。サイダーはフランス、ドイツを始め世界各国で生産されているが、なんといっても英国がその中心。そしてビールやワインと比べると見劣りする消費量ながら、英国は世界最大のサイダー消費国で、実に半分以上の消費が英国内でなされている。また歴史的に見ても、きわめて「英国的な」アルコールといえるのだ。
現在、各メーカーはこれまで言われてきたサイダー=低所得者の安上がりな慰み、スタイリッシュではない…といったマイナスイメージを払拭し、新たな市場開拓をおし進めている状況にある。サイダーのこの見事な成長ぶりを、是非ご紹介したいと思った次第だ。
◆◇◆ 英ではお酒、米ではジュース ◆◇◆
表は英国人の16歳以上、1人当たりで計算したアルコール摂取量の推移を示す。1950年代から右上がりだったアルコール摂取量も2004年にピークを迎え、2008年の時点では10.7リットル(18.8パイント)/週となっている。 英国でサイダーといえばアルコールを指すことに、渡英当初、驚かれた読者の方は、筆者も含め少なくないと想像する。日本では「三ツ矢サイダー」があまりにも有名なため、サイダー=透明な炭酸ソフトドリンク、という揺るぎないイメージが定着している。日・英のサイダーが別物となった、気になる経緯についてお伝えする前に、英・米でも存在する「サイダー」の違いについて触れてみたい。
「Cider」をロングマン英英辞典で引いてみると、英語では、「りんごから作られたアルコール飲料」となっている。一方、アメリカ英語では、「りんごから作られたノンアルコール飲料」。つまりアメリカに行って、アルコールを期待してバーなどで「サイダー」と注文しても、りんごジュースが出てくる。りんごが主役なのは共通だが、同じ英語圏でも酒とジュースという差が生じているのが興味深い。
アメリカでサイダーがノンアルコールとなったきっかけは、1920年代に行われた禁酒法にある。アメリカは植民地時代以降、英国やフランスからの入植者によってりんごの種とともにサイダー作りも持ち込まれており、サイダーは英国のように発泡性のアルコール飲料としてポピュラーな飲み物だった。ところが禁酒法により、サイダーをアルコール飲料として売ることができなくなる。そこで、あるサイダーメーカーが自社のサイダーをアルコール抜きにして、「ノンアルコール・サイダー」として宣伝した。以来、サイダーがノンアルコール飲料として定着するようになったという。ちなみに、0・5パーセントでもアルコールが入っているものは「ハード・サイダー」と呼ばれる。
また日本で、アルコール入りサイダーを求める時、りんご酒と呼ぶ以外には、フランス語読みの「シードルcidre」が一般的かと思われる。代表的なものにアサヒビール社から発売されている、「リンゴ100%のスパークリングワイン」と謳われた「ニッカ シードル」があげられる。シードルは、第二次世界大戦後に日本有数のりんごの産地、青森県にある吉井酒造が、フランス人技術者を招いて醸造したのが最初とされており、ここからフランス語読みとなったと推察できる。加えて、この頃すでに「サイダー」の名は炭酸ノンアルコール飲料として定着していたこととも無関係ではないだろう。