12時間に及ぶ激闘の舞台となった戦場
1859年、イタリアは統一戦争の最中にあった。オーストリアが支配していたロンバルディア、ヴェネツィアの奪回を目指していたイタリア北部のサルディニア王国は、隣国のフランスに、サヴォワ、ニースを割譲する条件で援軍を要請(プロンビエールの密約)。これに応じたのがナポレオン3世である。その後、サルディニアは事実上オーストリア(当時の皇帝はフランツ・ヨーゼフ1世)に宣戦布告し、第2次イタリア独立戦争が始まった。数度にわたる戦いを経て、戦局はサルディニアとフランスの連合軍の優勢となっていたが、開戦から約3ヵ月が経過した6月24日、ついにソルフェリーノの丘陵地帯で大戦を迎える。
その日の朝は清々しいほどに晴れ渡っていた。ところが午後になると、まるでその惨劇を神が嘆くかのように、急速に頭上に雨雲が広がった。早朝からの砲撃に始まり、炎天下での銃弾戦、そして暴風雨に見舞われながらの泥まみれの白兵戦へと続いたこの戦いは、12時間にも及ぶ死闘となり、19世紀の武力衝突の中でも最大級のものとなった。丘陵地帯であったため、開戦時に両軍ともに敵の位置を把握できておらず、予想以上に接近した状態で戦闘が始まったこと、また各皇帝の軍事采配に問題があったことなどが原因と考えられている。まさに血で血を洗う戦いとなり、計4万人もの死傷兵を出してしまったのである。最終的には追いつめられたオーストリア軍が撤退し、連合軍の勝利で幕を閉じた。
一方、デュナンはナポレオン3世を追ってソルフェリーノ近郊のブレシアへ入った。道や橋が破壊されていたり、大軍の移動に遭遇して回り道を強いられたりと幾つもの困難に直面しながらも、どうにかソルフェリーノの戦場から約5キロに位置するカスティリオーネまで辿り着いた。 激戦が行われた翌日の夕方のことである。
そして、ここでデュナンが目にしたのは、まさに地獄絵図のような凄惨な光景だった。戦場へと続く道には死体の山が累々と連なり、地面は果てしない血の海と化している。重傷を負った兵士たちが地をまさぐり、歯を食いしばってうめき声をもらしている。その光景は、戦地に近づくほど悲惨さを増していった。折り重なるようにして横たわる夥しい数の屍を横目に見ながら、野戦病院として使われている教会に足を踏み入れると、吐き気を催すようなひどい臭気が鼻を突いた。思わず鼻と口を片手で覆い、周囲を見回したデュナンは、死と隣り合わせの状態にいる負傷兵たちで床が埋め尽くされていることに気づいた。フランス兵やサルディニア兵だけでなく、オーストリア兵も混じっている。
「ああ痛い! 誰か助けてくれ!」
「喉がカラカラだ……水をくれ!」
口々にわめきながら、悶え苦しむ兵士たち。想像を絶する凄まじい情景に、デュナンは言葉を失った。だが、そこで脳裏に浮かんだのはクリミア戦争でのナイチンゲールの活躍だった。彼女の偉業に深い尊敬の念を抱いていたデュナンは、すぐに気持ちを切り替えた。
「まずは今、できる限りの救護を行おう」
イタリア人画家カルロ・ボッソーリが描いた「ソルフェリーノの戦い」の様子。
目の前に、頭蓋骨が割られて脳髄を床にしたたらせている瀕死の兵士がいる。通りをふさぐようにして伏していたため、他の負傷兵らが通り過ぎるたびに、蹴り飛ばされていた。それを見たデュナンは、もはや救うことはできないと知りながらも彼の側へと駆け寄り、ぐらぐらと揺れ動く頭をハンカチで覆ってやったのだった。
以後、デュナンは地元の人々に呼びかけて協力を仰ぎ、不眠不休で救護活動を行った。医学の知識など持ち合わせていなかったが、「目の前で苦しんでいる負傷者を敵味方の区別なく救う」という強い信念のもと、町の人々にイタリア語で「みんな兄弟!」と呼びかけ、励まし合いながら救護にあたったのだった。水源利用の権利を嘆願しに来たことなど、おそらく意識の彼方に飛んでしまっていたに違いない。
それにしても、自社の経営危機という切羽詰まった状況にあったとはいえ、戦地まで乗り込むのは、いささか無鉄砲すぎはしないだろうか。後にデュナンは「かねてより戦時負傷兵のための制度について考えており、ナイチンゲールの活躍も脳裏にあったので、戦争の勃発とともに自ら戦地へ赴いた」と語っているが、その割にはこれといって装備を整えて行った様子もない。デュナン研究家の間では「ナイチンゲールのように戦時救護に献身したかった」「実業家として大成できず、やや衝動的に思い切った行為に出た」「ナポレオン3世への憧れもあって何となく来てしまった」など諸説あるようだが、真実は本人のみぞ知るところである。
結局、デュナンはナポレオン3世との接見を果たせないまま、北イタリアを後にする。そして向かった先はアルジェリアではなく、母国スイスのジュネーブであった。
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ならず、 これに則した国内法を整備し、違反行為を行った者、これを命じた者を処罰する義務を負う。2011年8月末時点で締約国は194ヵ国(4条約のみ)。 |



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