紅茶を飲ませるコーヒー・ハウス
意外に思われるかもしれないが、英国でより早く浸透したのは紅茶ではなくコーヒーだった。コーヒーが輸入され始めて間もない1660年代に、オックスフォードやロンドンの街に、コーヒー・ハウスが出現した。
当時のコーヒー・ハウスは、今で言うカフェや喫茶店などより、社会的に大きな役割を果たしていた。コーヒーやホットチョコレートを飲ませるほか、タバコなども置かれ、紳士の社交場として機能した。さらに、最初は貴族や文化人のものだったのが、次第に一般の人々も利用するようになっていった。
場所により、学者が多い店、商人が集まる店といった具合に客層が分かれた。業界最新ニュースを仕入れるために、行きつけの店に毎日、顔を出す客もいたという。
家にいながら、インターネットで世界の情報をいち早く手に入れたり、他者と情報交換したり意思疎通をはかったりすることも可能な現代と違い、情報入手も社交も、実際に足を運んで集わなくてはかなわなかった時代のソーシャル・ネットワークのような役目を果たしたといえる。
そのコーヒー・ハウスでも、紅茶を取り入れ始めた。中には、店で飲ませるだけでなく、茶葉を売り出すところも出た。そのため、コーヒー・ハウスで過ごすことのない女性たちの間にも紅茶を飲む習慣が徐々に広まっていった。
英国に紹介するきっかけをつくったのが王女だったことも手伝って、コーヒーが男性中心だったのに対し、紅茶は女性中心に広がったとする説も唱えられている。

1773年、独立前の米国で起こった「ボストン茶会事件(Boston Tea Party)」
の模様を描いた版画(1846年、ナサニエル・カリアーNathaniel Currier作)。
産業革命で底上げされた庶民生活
税金が引き下げられ、お茶の価格もあわせて下がっていった頃は、ちょうど、産業革命の時期と重なる。
英国の産業都市が飛躍的な発展を見せた時代だ。首都ロンドンは100年の間に人口が倍近くになるなど、世界でも最も勢いのある都市のひとつとなった。
国内は産業革命、国外ではインドをはじめとする領土支配により、英国が国力を最も強めたこの頃、国民の暮らしも目に見えて豊かになっていった。
芝居やコンサートを楽しむ中産階級が多くなり、遊戯施設も増加。今に残る劇場にも、この時代に創設されたものが少なくない。ロンドンなどでは、コーヒー・ハウスも林立した。そしてお茶も、一般の人々にとって、一頃のように高嶺の花ではなくなり、喫茶文化が英国にいよいよ定着し始める。
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ガッツリのハイ・ティー
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 アフタヌーン・ティーと同じようにお茶と食べ物がセットになったものに、英国では「ハイ・ティーhigh tea」がある。こちらはもっと『ガッツリ』食べるスタイルだ。 ハイ・ティーのハイ(高い)は、テーブルの高さを示すもの。アフタヌーン・ティーでお茶の友となるのが、手でつまめるサンドイッチやお菓子であるのに比べて、ハイ・ティーでは温かいパイ(ステーキパイ=写真=など、甘くないもの)をはじめ、ナイフとフォークを使わないと食べにくいものが供される。低いコーヒー・テーブルでは食べづらく、高さのあるダイニング・テーブルで食べるのが理にかなっているというわけだ。 上流階級で食間を埋めるためのものとして始まったアフタヌーン・ティーと違い、労働者階級がより実用的な目的で摂り始めたのがハイ・ティー。社交としての色合いを深めていったアフタヌーン・ティーに対し、お腹を満たすためのハイ・ティーは、まさに「食事」。今でも、「夕飯ができたわよ~」と家族に呼びかける際に、「Tea is ready !」という言い回しを使う家庭も見られる。スコットランド・ハイ・ティーという呼び方をすることもあり、スコットランドやイングランド北部が起源とされる。南北の経済格差を反映しているともいえそうだ。
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アフタヌーン・ティーが生まれた ウォーバン・アビー ※情報は2012年1月10日現在のもの。
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 Reproduced by kind permission of His Grace the Duke of Bedford and the Trustees of the Bedford Estates ゥHis Grace the Duke of Bedford and the Trustees of the Bedford Estates. 現在は第15代ベッドフォード公爵アンドリュー・ラッセルが所有するウォーバン・アビーとその一帯は、アンドリューの祖父が当主だった1953年から一般に公開されている。 鹿の遊ぶ広大な庭園に囲まれた大きな屋敷は、まるで美術館。第7代ベッドフォード公爵夫人アナ・マリアがアフタヌーン・ティーを始めたとされるブルー・ルームや、ヴィクトリア女王が宿泊した部屋など、それぞれの部屋と、その部屋にちなんだ人物を結びつけて展示が行われている。 ラッセル家ゆかりの女性陣の中で著名な人物といえば、アナ・マリアのほかにも、第11代ベッドフォード公爵夫人で『フライング・ダッチェス(飛ぶ公爵夫人)』の異名を持つメアリーもいる。1930年にはケープタウンまでの飛行時間で記録を打ち立てたが、1937年にアビーから飛び立ったまま、戻らぬ人となった。そのメアリーの部屋には、戦時中、アビーに負傷兵のための病院を作った記録などもある。 さらに、スペインの無敵艦隊アルマダが背景に描かれていることで知られるエリザベス1世の肖像画「アルマダ・ポートレート」はじめ、膨大な絵画や陶磁器などのコレクションもある。ちなみに、エリザベス1世は1572年にアビーを訪れたとの記録が残っている。 庭園内にあるティー・ルームでは、もちろんアフタヌーン・ティー(1人前16.25ポンドでボリュームたっぷり)が堪能できる。また、アンティーク・センターなどもあるほか、アビーと庭園だけでもかなりの広さだが、近隣には、これもラッセル家所有のサファリ・パークやゴルフ場、ホテルまであり、ウォーバンのこの一角は、さながらプチ・リゾートの様相を呈している。ロンドンからなら日帰りでもできる。
 アナ・マリアの時代を思い浮かべながら、このティー・ルームでアフタヌーン・ティーとしゃれこんでは? Woburn Park, Bedfordshire MK17 9WA Tel: (01525) 290333 www.woburn.co.uk/
冬季オープニングタイム
●ウォーバン・アビー 冬季休業 ●春のオープン予定日はウェブサイトでご確認を ●ガーデン&鹿公園 10月3日~2012年3月29日10:00am~4:00pm (12月24~26日閉場) ●アンティーク・センター 10月3日~2012年3月29日11:00am~4:00pm (12月24~26日閉館)
入場料 ● アビー以外 大人3.00ポンド 子供 (3-15歳)1.00ポンド ● アビー含む 大人 12.95ポンド 子供 (3-15歳)6.25ポンド
行き方 ロンドンから車なら1時間程度。M1のジャンクション12または13から「Woburn Abbey」の標識に従って進む。

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