緑茶も紅茶も、もとは同じ仲間

 

 中国から持ち込まれたお茶は、最初は緑茶だった。初めの頃は緑茶が好まれたが、次第にウーロン茶や、もっと発酵の度合いを強めた紅茶が人気となったといわれている。
 緑茶もウーロン茶も紅茶も、もとをたどれば葉は同じ仲間。おおまかに言えば、ツバキ科ツバキ属の茶葉を発酵させずに加工したものが緑茶、半発酵がウーロン茶、発酵させたものが紅茶となる。それぞれ独特の色、香り、風味をそなえているため、まったく異なる植物からとれるものだと思っていた人もおられることだろう。
 また、紅茶は英語では「ブラック・ティー」と呼ばれるのが普通だが、日本語では「紅茶」と名づけられたように、湯で蒸らすと赤っぽい色を呈するのが特徴。この色はテアフラビンという物質によるもので、発酵させることで、テアフラビン類が増える。同じ葉から作ったお茶でも緑茶と紅茶で大きく色が異なるようになるのはこのためだ。
 現在では、各生産地でとれる茶葉の特製を生かす加工法がとられるので、ある地域では緑茶を専門に作り、別の土地ではウーロン茶、また、紅茶と産地が分かれるようになっている。
 さらに、お茶の効用についても研究が進んでいる。
 その昔、不老長寿の薬と言われたことが、あながち間違いでもなかったことが科学的にも証明されてきている。老化との関連が指摘される活性酸素を押さえる酸化防止効果があるカテキンなどのポリフェノールがお茶に含まれることが判明。そうした効用を積極的に押し出して売り出されるお茶も登場してきた。
 例えば、柔らかい新芽で作られるホワイト・ティー。新芽を覆うように生えている銀色の毛のせいで白く見えるのが名前の由来だ。お茶の色自体もやや薄めであり、ミルクは入れずにストレートで味わうのが一般的。ほとんどが中国産で、ポリフェノールなど体に良いとされる成分が多く含まれ、健康茶、美容茶として販売されている。
 一方、茶葉の処理が簡単であることから大いに普及したティーバッグも、日々進化している。従来の袋状のものだけでなくピラミッド型が出たと思ったら、最近、立方体の製品も登場した。
 茶葉から有効な成分や風味、色素がより効率よく抽出されるよう、茶葉に充分な「空間」を与えるべく、湯の中でもこの立方体の形状のままでスペースが保たれるという。

 


ティー・バッグも絶えず進化中。中央はピラミッド型、右が最新の立方体。

 

的中した東インド会社の予言

 

 宮廷で飲まれるようになったお茶が、英国で広く行き渡る基礎を作ったのが東インド会社だ。
 ヨーロッパから、はるか東方の国々を探検する大航海時代を経て、その東方の品々を輸入し始めた商業革命時代を力強く牽引したのが東インド会社だった。
 時代を制したともいえるこの会社、先見の明もあったようだ。お茶が商品として伸びる可能性について東インド会社が述べた1685年の手紙が記録に残っている。
 だが、その頃は、お茶の輸入量はたいしたものではなかった。10キロ程度から始まり、それが1690年には約20トンとなり、その後、うなぎのぼりに増加していく。
 余談だが、当時の英国の国威を象徴するような東インド会社の船は、茶葉の輸送中に、アメリカ独立運動につながる騒動の標的になったこともある。1773年のボストン茶会事件と呼ばれるものだ。停泊中のボストンで、サミュエル・アダムスの組織する一団に、積んでいた茶箱を海に投げ入れられ、多大な損害をこうむった。その後、アダムスはアメリカ独立運動の立役者の1人となっていった。
 東インド会社が茶の輸入を本格化させていくかたわらで、英国ではロバート・ウォルポールによる保護関税の制度が完成されつつあった。自国産業を保護する目的で、輸入品に税金をかけるものだ。この政策で当時の英国は大いなる繁栄を築いていった。
 しかし、保護関税をかけると、その報復として相手国にも同様の政策をとられることになりがちだ。その後、アダム・スミスが自由貿易を唱え、保護貿易を続けるか自由貿易に変えるかで英国内でも意見が分かれる。ちょうど、日本で論争を呼んでいるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)のように協定国間での関税撤廃をするかいなかで、英国も揺れ動く。
 お茶に関していうと、高い税金のおかげで国庫をうるおしたが、密輸が増えるなど問題もあった。また、税率が高いままでは商品も手頃な価格にすることができず、ビジネスとしての成長は望めない。それに対し、お茶業者から再三の異議申し立てが政府に対して行われたのが1700年代半ばのことだ。ちなみに、その時代のお茶業者には、トワイニング紅茶の創始者トーマス・トワイニングもいた。
 業者の声が届いたのか、1784年には税金が大幅に下げられ、お茶の価格もそれまでの約半額となり、いよいよ一般に広まる下地ができる。