|
極点を目指した5人の男たち
|
|
ロバート・スコット Robert Falcon Scott (1868年6月6日~1912年3月29日) 海軍一家に生まれる。少年時代は英国海軍の司令官になることを夢見ていた。10代後半の頃、近い将来に計画されている南極探検隊を率いる若く、優秀な人材を探していた王立地理学協会のマーカム卿の目に留まり、スカウトを受ける。生真面目さと強烈な愛国心、それに困難を克服しようとする強靭な精神力は、軍人として絶賛された。しかしその性格は、探険家としては柔軟性を欠き、極限の状況下でしばしば隊員を苦しめた。また、探検隊のリーダーとしては最大の欠点となる優柔不断さが極点隊をさらなる不幸へと追い込んでいった事実は否定できない。イングランド、デボンシャー出身。海軍大佐 43歳
|
|
ローレンス・オーツ Lawrence Oates (1880年3月17日~1912年3月16日) 地海軍軍人と科学者で占める調査隊にあって唯一、陸軍から参加。ボーア戦争に出征し足に負傷して本国に送還された。 アフリカ探検家の叔父を持ち、自らも冒険心に溢れていたオーツは、スコットの南極遠征を知り、1000ポンド(現在の価値で5万ポンド前後)の寄付をすることで特別に入隊を許可された。調査隊での役割は馬の世話係であった。 動物にさほどの理解を示さないスコットとしばしばぶつかったが、なぜかスコットはオーツを「陽気な悲観論者」と呼んで可愛がった。ロンドン、パットニー出身。陸軍中尉 31歳
|
|
エドガー・エバンス Edgar Evans (1876年3月7日~1912年2月17日) スコットの第1回南極遠征隊にも調査隊員として参加。牛のような見事な体躯とその怪力ぶりでスコットから「ジャイアント・ワーカー(giant worker)」と賞賛され、ソリ曳きには絶対的な信頼を寄せられていた。ソリの整備からテント張り、寝袋の管理まで並々ならぬ能力を発揮した。また、他の人間の作業を積極的に手伝うことこそが、自分の存在価値と心得、実際によく働いた。ウェールズ、ミドルトン出身。海軍水兵 35歳
|
|
エドワード・ウィルソン Edward Wilson (1872年7月23日~1912年3月29日) ケンブリッジ大卒の医者、動物学者、画家、そして探険家。1901年、スコットの第1回南極遠征隊に同行し、シャクルトンと3人で南極点を目指すも途中で断念。基地から480キロ(南緯82度17分)まで進み、当時の世界記録を達成した。博識にして偉ぶるところ微塵もなく、隊員の相談に親身に耳を傾け全員から厚い信頼を得る。探検に関わる大変な作業が終わると休息も取らずに科学調査とスケッチを続けた。どんな困難の中にあっても沈着冷静でウィットを絶やさぬその姿は、英国人の理想とするジェントルマン像とされる。イングランド、チェルトナム出身。39歳
|
|
ヘンリー・バワーズ Henry Bowers (1883年7月29日~1912年3月29日) 戦艦ウースターに乗って世界を5周する。その後インド勤務となり、熱暑のインドからそのまま南極入りを果たした。162センチと小柄なためスコットははじめ、バワーズにあまり期待を寄せず、船内の物資整理などを担当させていた。ところが南極到着時に強烈な働きぶりを発揮し、最後は極点隊メンバーに抜擢された。ウィルソン同様、陽気で裏表のない透き通った人柄、奉仕の精神は誰からも愛され、信頼された。スコットランド、グリーノック出身。海軍中尉 28歳
|