英国最後の女性死刑囚 ルース・エリス 愛憎の三角関係

■ 1955年7月13日、ロンドンのナイトクラブの人気ホステス、ルース・エリスがホロウェイ監獄で絞首刑に処された。 ルースには、彼女を見守り真剣に愛してくれる年上の男性がいた。しかし彼女が愛したのは、上流階級出身の年下のF1レーサーだった。こじれた三角関係は、ルースの「死刑」で幕を閉じる。一体、彼女の身に何が起きたのか――。

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

売れっ子ホステス

ルースは1926年、マンチェスター出身のチェロ奏者である父とベルギー人の母のもと、北ウェールズ沿岸の町で生まれた。父親は大西洋を横断する大型客船での演奏で家を空けることが多く、ルースを含む6人きょうだいは母親がひとりで育てたため、家計は苦しいものであった。ルースは14歳で学校を中退し、ウェイトレスとして働くようになったが、第二次世界大戦の影響で仕事がなくなり、一家はロンドンへ移った。

工場での仕事などを転々とするうちに、ルースは既婚のカナダ人兵士の子供を妊娠。17歳で息子を出産したものの、子の父親からの送金は1年で途絶え、ヌード・モデル業を経て給料の高いナイトクラブのホステスになる。そのナイトクラブでは客との売春も強要しており、やがてルースは店一番の売れっ子にのしあがっていった。

24歳のときに、常連客のひとりだった歯科医と結婚。しかし夫は嫉妬深く所有欲の強い男性で、常に妻の浮気を疑い、深酒をしては暴力を振るった。ルースは娘を身ごもるが、夫は認知を拒み、出産後まもなく別居。のちに2人は離婚している。

立ちはだかる階級差

1953年、ルースは27歳でナイツブリッジにあるナイトクラブ「リトル・クラブ(Little Club)」のマネージャーを任されるようになる。彼女にはホステスとしての才覚があり、「やり手ママ」として社交界でも知られ、多くの名士たちが彼女の店を訪れた。

そして、「運命」の出会いが訪れる。

その日、数人の若者たちが「リトル・クラブ」に来店した。すでにほろ酔い状態だった彼らは、ワイワイ騒ぎながら高額のアルコールを次々と注文していく。その中でルースの目を惹いたのが、ひときわ背が高く華のある男性――デヴィッド・ブレークリーだった。デヴィッドは上流階級出身のレーシングドライバーで、ルースより3歳ほど若かった。そして何より「独身」。彼女は「可愛いお坊ちゃん」を「カモ」にすることに決める。

一方、デヴィッドも美しくセットされた輝くばかりのブロンドヘアーに白い肌、巧みな話術と男を「その気」にさせる駆け引き上手なルースに夢中になった。2人はすぐにナイトクラブの上階にあるルースの部屋で、一緒に暮らしはじめる。

だが、ルースは「階級差」を甘く見ていた。実は、彼には良家出身の婚約者がいたのだ。仕事で社交パーティーに出席すれば、デヴィッドの隣には当然ながら婚約者が寄り添い、上流階級の一族がそろうテーブルで優雅に食事を楽しんでいる。出走するF1レースに応援に行けば、熱烈に迎えてくれるものの、彼の友人たちに自分を紹介することも、その輪に呼び入れてくれることもない。疎外感と住む世界の違いをまざまざと見せつけられ、それを「辛い」と感じてしまうほど、ルースはデヴィッドを愛してしまった。ミイラ取りがミイラになったのである。

これまで男性を手玉に取ってきたプライドもあり、彼女は何度も2人の関係を終わらせようとするが、「婚約者は母に押しつけられた女さ。結婚するつもりはないよ」「君がいないと生きていけない」とすがりつくデヴィッドにほだされる…その繰り返しだった。

「犬」と噂される男

ルースはデヴィッドとの進展しない関係性に苛立ち、「爆弾」を投下することにした。ナイトクラブの常連客で、ひとまわり以上年上のデズモンド・カッセンとも関係を持つようになったのだ。英空軍のパイロットだったデズモンドは、第二次世界大戦後に退役して会計士となり、さらにタバコの卸売会社を経営する実業家でもあった。毎晩のように店へ通い、ルースから呼び出されれば「足」となって車で送迎し、金銭的援助も行うなど、「ルースの犬」として有名な男だった。

デズモンドとの交際は、デヴィッドに嫉妬と独占欲を湧かせることに成功したが、それは「暴力」として現れる結果となる。デヴィッドの飲酒量は急増し、ルースのツケで店の酒をあおっては彼女を暴力で押さえつけた。やがて泥酔して店の上客とも乱闘騒ぎを起こしたため、ルースはナイトクラブを解雇されてしまう。部屋も追い出され、途方に暮れた彼女に手を差し伸べたのはデズモンドだった。

「行くところがないなら、うちに来るがいい。すべて面倒をみよう」

ホステスの仕事を辞め、デズモンドとの生活がスタートした。このまま彼といたら、刺激はなくとも穏やかな人生を送れたかもしれない。しかし、ルースはデヴィッドとの関係を断ち切ることができなかった。再び彼と密会するようになり、それがデズモンドにばれると、ルースは家を出て行った。

だが、デズモンドもまた「ひどい女だ」と思いながらもルースから離れられなかったのである。彼女のために小さなフラットを借り、ルースはそこでデヴィッドと暮らしはじめた。

まもなく妊娠するものの、父親はデヴィッドなのかデズモンドなのか判らない。デヴィッドとの激しい口論の末、ルースは腹部を殴打され、流産してしまう。この日以降、デヴィッドが部屋に戻ることはなかった。

死へのカウントダウン

1955年4月7日、イースターホリデーがはじまる前日の木曜日。3ヵ月前に子供を亡くして以来、体調が優れないルースのもとに、突然デヴィッドがふらりと現れた。「僕が悪かった。関係を修復しよう」と優しくささやく彼を、ルースは許してしまう。翌日に食事へ行く約束をし、「迎えに来るよ」との言葉を胸に、久々にゆっくりと眠りについた。

翌8日のグッドフライデー。待てど暮らせど、デヴィッドは姿を現さない。深夜まで待ち続けたルースはデズモンドを呼び出し、ハムステッドにあるデヴィッドの友人宅へ車で向かった。案の定、家の前に駐車してあるデヴィッドの車を発見したルースはカッとなり、デヴィッドの車の窓を叩き割った(ヒビしか入らなかったとされている)。

同9日、ルースは再びハムステッドへ向かう。すると、部屋の窓越しに友人たちと飲み騒いでいるデヴィッドを見つけた。大きな笑い声が外まで聞こえてくる。日が暮れると、婚約者とともに家を出てきたデヴィッドが、車で彼女を送っていく。その姿をルースは仄暗い目でじっと見つめた。

同10日、イースターサンデー。ルースがまた友人宅へ行くと、ちょうどデヴィッドの車が走り去ったところだった。行先は行きつけのパブ「マグダラ(Magdala)」に違いない…と見当をつけた彼女は、パブの向かいに彼の車が停めてあるのを確認し、窓から店内を覗く。果たしてデヴィッドはいた。

響きわたる銃声

数時間後の夜9時30分、パブからデヴィッドが出てきた。待ち伏せしていたルースは、彼に明るく声をかける。「こんばんは、デヴィッド」。ところがデヴィッドは彼女を見もせず、その横を通り過ぎた。ルースは彼の背に向かって叫んだ。「デヴィッド!」。だが、彼は振り返らない。

デヴィッドは愛車の横に立ち止まり、鍵を取り出そうとポケットに手を入れる。その瞬間、ルースはハンドバッグからスミス&ウェッソン38口径の拳銃を取り出し、彼に向けて発砲した。

バンバンッ! しかし弾は外れた。

慌てて車の反対側へ回りこんだ彼を追い、ルースはさらに2発続けて発砲。避けられず銃弾を受けたデヴィッドは、舗道に倒れ込んだ。ルースは血を流して伏せているデヴィッドのもとへ近づき、彼を見下ろした。そしてゆっくりと銃を構える。

バンッ! 至近距離から撃ち抜かれたデヴィッドは息絶えた。

▲事件現場となった、ハムステッド・ヒースの入口(オーバーグラウンドのハムステッド・ヒース駅前)の近くに建つパブ「マグダラ」(写真右端)。2016年に閉店したが、今年中に再オープンする予定で、現在改装工事が行われている。

衝撃の真実

▲パブの外壁には、外れた2発の弾が当たったとされる弾痕があるが、これはパブのオーナーが話題づくりにドリルで開けたフェイク。

ルースはパブに来ていた非番の警官によって逮捕され、6月20日に公判が開かれたが、何を尋ねられても黙秘を貫いた。法廷中に唯一発した言葉は、「デヴィッド・ブレークリーを至近距離から撃ったとき、殺害する意図はあったのか?」という検察官からの質問に対し、「明確に」であった。即座に有罪判決が下され、死刑が確定した。

この判決は世間を大きく騒がせた。当時の英国では死刑廃止運動が広がっており、暴力によって流産するなど情状酌量の余地があること、「痴情のもつれ」にしては刑罰が重すぎること、被害者が上流階級であるため「圧力」がかかったのではないか…など、メディア各紙が判決を攻撃するコラムを書き、寛大な処置を求める請願には5万人が署名した。

さらにデモを大きくしたのは、死刑執行前日の7月12日、ルースが面会に訪れた弁護士に驚くべき告白をしたからだ。ハムステッドの友人宅やパブにルースを連れて行ったのはデズモンドで、銃もデズモンドに提供され、使い方を教わった…と。彼は従軍時代の銃を所持していたのである。弁護士はただちに再調査と裁判のやり直しを求めたが、翌13日午前9時、刑は執行された。ルースは絞首台が外される直前、執行人ににっこりと笑いかけたという。

英国で死刑制度が廃止されたのは1965年のこと。それまでの10年で絞首刑となったのはすべて男性で、ルースは最後の女性死刑囚となった。

ルースは処刑前、デヴィッドの両親に手紙を送っている。そこには、こう綴られていた。「私はご子息を愛していました。今なお愛しながら死にます」。

▲ルースが収監されたホロウェイ監獄。同所で絞首刑となり、敷地内の無名墓地に埋葬されたが、1970年代の改修工事の際にバッキンガムシャーの教会へ移送・再埋葬された。監獄は2016年に閉鎖されている。

ルース・エリス関連映画

ルースの愛憎劇を映像で見るなら、マイク・ニューウェル監督の映画「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー」(1985年)=写真上=がおすすめ。ニューウェル監督の初期作品で少し古い映画だが、同作で映画デビューした英女優ミランダ・リチャードソンがエリスを熱演し、高い評価を得た。デヴィッド役をルパート・エヴェレット、デズモンド役をイアン・ホルムが演じている。


また、「最後のハングマン(絞首刑執行人)」と呼ばれた英国の死刑執行人、アルバート・ピアポイントの苦悩と葛藤をつづった映画「Pierrepoint」(2006年)=写真下=では、最後の死刑囚としてルースが登場。登場シーンはわずかだが、激しい死刑反対デモが起きた様子が描かれている。ピアポイント役はティモシー・スポール。

週刊ジャーニー No.1183(2021年4月8日)掲載