ワインにまつわる今月のトピック㉚ イングランドのスパ-クリング・ワイン事情 その2

シャンパーニュ用品種に 夢を賭けたヴィンヤード

引き続きイングランドのスパークリング・ワインについてお届けしよう。 1990年の英国におけるブドウ栽培面積は約930ヘクタールだったのに対して、2020年には3500ヘクタールにまで増加。栽培地の拡大だけでなく、栽培されるブドウ品種にも大きな変化があった。1990年までは、ミュラー・トゥルガウMüller-Thurgau、ライヒェンシュタイナーReichensteiner、シェーンブルガーSchönburgerといったドイツのブドウ品種が上位を占めていたが、2020年の栽培面積上位の品種は、シャルドネChardonnay、ピノ・ノワールPinot Noir、バッカスBacchus、ムーニエMeunier、セイヴァル・ブランSeyval Blancへと変わり、うち、フランスのシャンパーニュで使われる品種の占める割合が65%となった。地球温暖化による影響は別として、シャンパーニュ生産用ブドウ品種の英国における可能性を信じ、現在のイングランド産スパークリング・ワインを成功に導いたのは、他でもなくナイティンバー・ヴィンヤードNyetimber Vineyardだった。

1000年の歴史を誇る領地

ナイティンバーとは「新しい木造の館」を意味する、ウェスト・サセックスにあるマナーハウスで、1086年のドゥームズデイ・ブック(土地台帳)にも記された歴史ある館。1536年にヘンリー8世が入手し、側近のトマス・クロムウェルに住まわせたのち、ヘンリー8世から離縁された4番目の王妃、アン・オブ・クリーヴズが住んだ。この館を、1986年にシカゴからやってきたアメリカ人夫婦(スチュアート&サンドラ・モスStuart & Sandra Moss)が購入。そこを本拠に、シャンパーニュに負けないスパークリング・ワインの生産に乗り出したのだった。彼らは、1988年にプールバラPulborough近くの標高60メートルの南向き斜面にシャンパーニュ生産用に使われるブドウ品種を植えた。当初、ドイツ品種を栽培していた同業者からは、「狂っている」「止めれば良いのに」と嘲笑された。

1997年の衝撃的なデビュー

Nyetimber Blanc de Blancs 2013 (www.henningswine.co.ukにて44ポンドで販売)

モスは、フランスからコンサルタントを起用し、ブドウ畑1ヘクタール当たりに6250本という、これまでにない高い密植度でブドウ樹を植え、樹をシャンパーニュと同じ方法に整枝した。設備を整えた独自の設計のワイナリーを建て、ワインを造ってもすぐには出荷せず、数年寝かした。最初のヴィンテージは、シャルドネ種100%の1992ナイティンバー・プルミエ・キュヴェ Nyetimber Première Cuvée。同ワインは、1997年のインターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティションInternational Wine and Spirit Competition(IWSC)に出品されるや即、IWSC金賞、IWSC英国産ワイン大賞を受賞。翌98年には、ピノ・ノワール種+シャルドネ種+ピノ・ムーニエ種(シャンパーニュを造る主なブドウ品種)を使った1993 ナイティンバー・クラシック・キュヴェNyetimber Classic Cuvéeで、IWSC金賞、IWSC英国産ワイン大賞に加え、IWSCインターナショナル・スパークリング・ワイン大賞を獲得した。

英国最大のワイナリーへと成長

以来、ナイティンバーは毎年数々の賞を受賞し続けたが、2001年にモス夫妻が引退し、ナイティンバーを手放した。新しいオーナー、アンディ&ニコラ・ヒルAndy & Nichola Hill(アンディ・ヒルは、クリフ・リチャードやシェールらに楽曲を提供したソングライター)のもとで、地球温暖化による効果もあり、ナイティンバーはさらなる成功をおさめた。2006年に再び売却の噂が流れると、幾つかのシャンパーニュ・ハウスまでをも含む複数の買い手候補が現れて競ったが、結局、約800万ポンドで現オーナーのエリック・ヘレマEric Heerema(オランダ人)の所有となった。彼はナイティンバーに新たな投資を行い、今ではブドウ作付け面積が130ヘクタールという英国最大のワイナリーとなるに至っている。

週刊ジャーニー No.1218(2021年12月9日)掲載

ミヨコ・スティーブンソン Miyoko Stevenson

WSETディプロマ取得。Circle of Wine Writers会員。Chevalier du Tastevin(利き酒騎士)団員。Jurade de St-Emilion団員。Ordre des Coteaux de Champagne団員。国際日本酒利き酒師。The Guild of Freemen of the City of London会員。ワイン関連の訳書・著書あり。現在、ロンドンでワイン教室を主宰。
www.miyokostevenson.co.uk
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