
■ 第133話 ■信玄公のミソもクソった
▶遣米使節団が帰国した翌々年の1862年、幕府はヨーロッパにも使節団を送った。後に第一回遣欧使節と呼ばれるものだ。今回のミッションは欧州5ヵ国と交わした修好通商条約の中にあった江戸・大坂開市と兵庫・新潟開港延期交渉がメイン。攘夷運動が激化し、天皇も開港反対に転じるという事情の変化があったためだ。さらにロシアと樺太の国境を定める交渉をすることになっていた。一行の移動用に各国が軍艦を提供した。日本から地中海のマルタまでは英海軍軍艦が受け持った。総勢38名の使節団の中には福澤諭吉など、アメリカから戻って間もない者も6名含まれていた。
▶約1年に及ぶ長旅。さて、どの食料を積んで行くか。米の他、椎茸、干瓢、麩、切り干し大根、梅干し、松茸、味噌、塩、砂糖、しょう油、沢庵、鰹節、アジの干物等々ほとんどがアメリカ行きと同様となった。ハワイ近海で米軍水兵にミソを棄てられた苦い経験を持つ福澤らは「ミソは腐って悪臭を放つ。諦めた方がいい」と進言した。しかし今回が初の海外となる幕臣らは「君らは別部署の人間だろう。余計なことに口出しすんな」と威圧した。どこにでもいるな。他人の忠告に耳を貸そうとしない唯我独尊タイプ。この御仁ら「甲州には信玄公以来、軍用の萬年ミソというものが伝わっておる。これなら赤道直下でギンギラ太陽に当たっても腐る心配一切な~し」と科学的根拠ゼロ論で自信満々。結局このミソが手配され、船に積まれた。しかし信玄公の萬年ミソは香港を出てシンガポールに向かう船内でしっかり腐り、もの凄い悪臭を放った。一行を丁重にもてなしていた英軍水兵たちもさすがに我慢できず「クソと一緒に船旅、で~きないヨ~」と言いながらミソ樽を一つ残らず海に棄てた。信玄公のミソも微生物に敗れた。ミソと面目を失った幕臣たちはクソ~と意気消沈。福澤らは「だから言ったのに~」とほクソ笑んだ。
▶シンガポールを出た一行はその後スリランカやイエメンなどの英植民地に立ち寄りながらエジプトを目指した。香港、シンガポールあたりまでは良かったが、それから西に進めば進むほど一行は未知の食に苦しめられた。蘭学を学んでいた福澤には肉食の経験があったが他はほとんどが一汁一菜の人たち。見たこともないスパイスや素手で食すカレー、肉のケモノ臭に閉口した。工事中のスエズ運河を横目に見ながら辿り着いたカイロ。ここではアラブ料理特有の動物性油の臭いにやられ、食事が喉を通らなかった。エジプトを出発し、マルタ島を経由してマルセイユに到着。パリに移動するとルーブルホテルという600室もあるお城のような巨大ホテルに滞在した。ホテルで提供される手の込んだ洋食を着物チョンマゲ幕臣らがフォークやナイフと格闘しながらやっつけていくうちにヨーロッパの食事にもテーブルマナーにも少しずつ慣れ親しんで行った。ある日、ホテルに頼んで生魚を分けてもらいサシミにして食った。皆、故郷の味を懐かしみ、うまいうまいと涙した。わかる~。
▶フランス政府との交渉が不調に終わった一行はその後、ロンドンに向かった。投宿先はメイフェアのクラリッジホテル。今でもロンドン屈指の高級ホテルだ。アフタヌーンティーでも有名だから立ち寄ったマダム読者も多かろう。さて、ミソを棄てられた一行。その分消費量がグンと増えちゃったしょう油もそろそろ底を尽く。ヤバいよヤバいよ~ってなところで次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。
週刊ジャーニー No.1253(2022年8月18日)掲載
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