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■ 第126話 ■サトウ君の正体に辿り着く

▶アーネスト・サトウで随分と引っ張ってきた。そろそろこの男の正体を明かす時だろう。筆者は幕末明治期の日本で暗躍した、この不思議な苗字を持つイギリス人はユダヤ人ではないかと長年疑ってきた。そう仮定すると同じユダヤ人のロスチャイルド、その代理人であるジャーディン・マセソン商会とトーマス・グラバー、イギリス政府がサトウをハブとして全て繋がる。しかしそうなるとニッポンが維新以降、あっという間に欧米列強の仲間入りを果たした「奇跡の物語」は、日本人がやったんじゃなく第3者の巧みな誘導によるものだったということが世にバレちゃう。どうしよう。だいじょうぶだ。当欄、そんなに多くの人に読まれていないはずだ。サトウは英公使付き通訳官と言う立場から、誰にも怪しまれることなく欧米列強代表から将軍慶喜や幕府高官、そして倒幕を目論む薩長土ら諸藩有力者など様々な重要人物と会い、生々しい情報を仕入れ、アドバイスもできる立場にあった。サトウがユダヤ人だった場合、イギリス政府に報告する一方でロスチャイルドにも情報を流していたダブルエージェント(二重スパイ)だった可能性が極めて高くなる。

▶これまでウィキペディアの日本語版、英語版ともに、サトウがユダヤ人であることを臭わせる情報は一切なかった。ところが最近になって突然、日本語版の方にだけ「家族」というタイトルと共に若干の補足説明が追加された。それは山崎震一という人が書いた「明治維新を見た外国人 アーネスト・サトウのその後を追う」からの抜粋で、そこから山崎氏が引用したと思われる英語のデータにも辿り着いた。それによるとサトウの父親はラトビアのリガ出身で1825年にロンドンに移住。結婚してロンドン塔近くのジューリーストリート(Jewry Street)に住み、不動産絡みの金融業を営んだとある。戦慄が爆走した。サトウの両親はユダヤ人ゲットーの住人だった。地下鉄バンク駅近くに13世紀末まで存在したゲットー「オールド・ジューリー(Old Jewry)」とは別物だ。「ジューリーストリート」。ズバリ「ユダヤ人通り」。地下鉄オルドゲート駅近くにある「ジューリーストリート」を歩いてみた。確かにロンドン塔へも徒歩10分ほどだ。かつてここにもユダヤ人ゲットーがあり、サトウの両親が住んでいた。シティの壁のギリギリ内側だったようだからしっかり保護と監視をされた比較的裕福な家庭だったと推測される。

英海軍
ジューリーストリートとサトウですが、何か?

▶ユダヤ人ゲットーに住んでいたということはサトウパパがユダヤ人であったことはほぼ間違いない。だがまだ100%とは言えない。そこでさらに調べたところ、彼の名前を実に興味深いところで発見した。「イスラエル国立図書館」のサイトだ。その中の「世界で活躍したユダヤ人」を紹介するページにアーネスト・サトウが「日本学者(japanologist)」として簡潔に紹介されている。イスラエルがサトウをユダヤ人と認識している何よりの証拠だ。これでも100%とは言い切れないがテレビドラマ「相棒」の杉下右京ならもうこの辺で「あなたですね?」と犯人を追い詰めていい時間帯だ。筆者の仮説が正しければ、ロスチャイルドは幕末明治期、ジャーディン・マセソン商会経由で届くサトウ発の最新事情を全て掌握し、日本を極東のイギリスにするため、あれやこれやと指示を出していた可能性がバカ高い。次号、もう少しだけサトウを探る。まだ読んでいる人がいるなら、チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1246(2022年6月30日)掲載

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