ヘンリー8世4人目の妻、アン・オブ・クリーヴズ、婚姻無効の原因は処女じゃなかったから!?

■英王室のスーパースター、ヘンリー8世の4番目の妻で、ドイツから嫁いだアン・オブ・クリーヴズ。ところが結婚後、わずか7ヵ月で婚姻自体が無効とされた。理由は「アンが見合い写真代わりの肖像画(左図)と違って不美人だった」から。しかし、この度英国の著名な歴史小説家が自著の中で、婚姻無効の原因は「アンが処女ではなかったどころか出産経験者だったから」という驚くべき新説を発表した。「デイリー・テレグラフ」紙(電子版)が報じた。

6人の王妃を娶りながらもそのうち2人の首を刎ね、2人と離婚(婚姻の無効化)、1人と死別。そして、最後の妻に看取られて死んだヘンリー8世。唯一の男子を産んだ3人目の妻、ジェーン・シーモアが出産後に亡くなると、側近のトマス・クロムウェルは4番目の王妃探しに奔走。宮廷画家のハンス・ホルバインを大陸に派遣し、王妃候補の肖像画を片っ端から描かせ、持ち帰らせた。

ヘンリー8世はアンを気に入り、すぐに輿入れとなった。ところが、ヘンリーの前に現れたアンは肖像画とは似ても似つかぬ不美人。ヘンリーは仕方なく結婚するも、7ヵ月後に婚姻自体の無効を宣言した。怒りの収まらないヘンリーはホルバインを追放し、クロムウェルを断頭台に送った――というのが、これまで広く語られてきたヘンリーとアンの物語。

この度、最新作「アン・オブ・クリーヴズ」を上梓した英歴史小説家、アリソン・ウィア(Alison Weir)氏(67)は、アンは決して肖像画とかけ離れた不美人ではなかったと力説する。実際、ホルバイン以外の画家によって描かれたアンの肖像画が他にも現存し、いずれもホルバインが描いたアンの容姿とさほどの違いは見られない、なかなかの美人という。

ヘンリーたちが作り上げた表向きの離縁の理由は、「アンがヘンリーとの結婚前に交わしていた別の男性との婚約が解消されたという証拠が存在せず、従ってアンは既婚者だった」というものだが、ウィア氏は自著の中でこの説も否定。

ヘンリーが初めてアンと一夜を共にした夜、「アンが王妃となるための条件である『処女』ではないことを知ってしまったからであろう」と自説を唱えている。その事実が国民に知られることは大変な恥辱であり、大きなスキャンダルに発展する可能性があったため、その前に婚姻を無効としたというのである。

その根拠として、ヘンリーがアンと初夜を迎えた翌朝、「いかがでしたか?」と尋ねたクロムウェルに対し、ヘンリーが「彼女の腹と胸の弛みからしてアンは処女ではない」と告げた記録が残されているという。ウィア氏は「過去3人の妻に子を産ませたヘンリーであれば、出産前後の女性の体形がどう変化するかを知っていたはず」と話す。さらに「お腹や胸の皮膚のたるみは、アンが結婚にあわせて急遽、ダイエットに励んだ結果だろう」と結論づけている。

By 週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)