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【キューバ編 第6話】日本人宿

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

トランジットでメキシコシティに降り、名物宿「ペンション・アミーゴ」に泊まっている。日本人ご用達のいわゆる“日本人宿”だ。
メキシコ名物(?)の菓子パンを買い込み、宿に戻ると、さっきまで団らん室にいた旅人たちの姿はすでになかった。みんな部屋に戻ったらしい。20年前はいつもここで飲み明かしていたんだけどなあ。旅人のノリもずいぶん変わったものだ。
日本人宿は世界各地にある。海外まで行って日本人同士つるむ傾向を批判する向きもあるが、僕はまあいいんじゃないの、と思う。外国語が得意じゃない人もいる。海外をまわってできた友だちが日本人だけだったらちょっと寂しい気もするが、ようは本人がよければそれでいい。
僕の場合は自転車旅行なので普段は現地の人間としか関わらない。だから大きな町や観光地に行くと日本語がしゃべりたくて日本人宿をよく利用していた。
団らん室で日記を書いていると、メキシコ人の男性が入ってきた。受付をしてくれた宿の人だ。上手な日本語を話す。いろいろ聞きたいことがあったからちょうどよかった。
「最近は宿泊客の数はいつもこんな感じなの?」
今日は10人もいないだろう。
「そうですね。これぐらいかな」
「そっかあ。昔は毎日すごかったんだけどな」
「えっ、いつ来たんですか?」
「ちょうど20年前だけど」
「あ、それなら僕、会ってますね」
「えっ」
「僕、トヨです」
「えええっ!?」

(左)20年ぶりに再会したトヨ。(右)左端の子供が20年前のトヨ。僕(真ん中)も今とはだいぶ違うが…

驚いた。この宿の主人であるメキシコ人女性のパスちゃんと日本人の夫とのあいだにできた子供、トヨのことはよく覚えている。当時は5歳ぐらいだった。天使のようにかわいくて、愛嬌があったから、みんなにかわいがってもらっていたのだ。しかしいま目の前にいるトヨは、おっさ……いや、えらく貫禄が付いた。言われたところで昔のトヨのイメージとまったく結びつかない。
「俺、自転車で旅してたんだけど、覚えてる?」
「うーん、自転車の人もたくさん来ますからね」
「そりゃそうだよな」
自転車で世界をまわるとすごい人のように思われがちだけれど、実はそういう人間は掃いて捨てるぐらい大勢いる。しかも20年も前だ。覚えているわけがない。
「そっか。じゃあ宿の変遷を見てきたんだな。ずいぶん変わったね」
「日本人旅行者は減りましたね。ま、昔は昔で問題がありましたが」
かつてはヒッピーやジャンキーの巣窟のようになっていたのだ。それをパスちゃんが問題視し、一掃したという話は聞いていた。
でもなんとなくだが、濃い旅人自体が減ったように思う。一ヵ所に長く滞在するより、軽快に旅する人が多くなった。「世界一周」が合言葉のようになり、専用のチケットで半年から1年ぐらいで世界を一周する。観光地は効率よく巡っているようだが、どうも忙しない。ま、それも本人がよければいいんだけど……。でもトヨは手厳しかった。
「最近はバカばっかり。英語もスペイン語も話せない人が多いよ」
これは僕の見解ではなく、トヨの言葉だ。――と逃げを打ってから言うのだが、高速で移動しながら、日本人宿ばかり渡り歩けば、語学もあんまりのびないだろうね。

週刊ジャーニー No.1103(2019年9月12日)掲載