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【ブータン編 第36話】ブータンの小学校にて①

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

分かれ道があった。
「タンに寄っていきますか?」
とガイドのテンジンが言う。彼の故郷らしい。僕は妙案を思いついた。
「うん、寄ろう。で、よかったら君の出た学校を見たいんだけど」
大丈夫だと思いますよ、とテンジンは言って、枝道に入っていった。
何度も書いているように、ブータンを旅する際は、車と運転手とガイドをつけなければならない。監視の意味もあるのだろう、と最初は考えたが、ブータンを旅してきた今となっては、単純に、この美しい国を荒らされたくないからじゃないかな、と思うようになった。大型ダム方式ではなく、川から導水路で水を引き、落差がついたところで水を落としてタービンを回すといった「流れ込み式」の水力発電など、自然に細心の注意が払われている。自然はかけがえのない遺産だということを、国が理解し、本気で保護していると感じるのだ。
だから、ガイド随行もこの国ではやむを得ないと思うし、監視されているわけではないから、夜にひとり出歩いてバーで飲むこともできる。ただそうはいっても、やはりいつもの旅とは違う。気も遣うし、ガイドがそばにいれば、僕もつい頼ってしまう。どうも生ぬるい。
しかし、その一方で、ガイド随行のメリットも計り知れないのだ。ひとり旅だと学校訪問というのはなかなか難しい。
小さな学校が見えてきた。寺同様、伝統的な装飾が施されているが、ひと目で学校とわかる。どの国でもそうだ。温かくノスタルジック。世界の学校に共通する空気だろう。

タンの小学校の廊下

若い先生が通りがかった。テンジンが話しかけると、彼は校舎に入って年配の男性を連れてきた。学校のトップらしいが、あまり校長に見えない。やたらとよくしゃべる。機嫌よく酔っぱらったオヤジという感じだ。テンジンは顔見知りらしい。僕を紹介した。校長は僕のほうを向いて、ようこそタン小学校へ、と英語で言った。そのとき、見てはいけないものを見た。校長の口の中が真っ赤だったのだ。現地の言葉でドマ、別名ビンロウだ。ヤシ科の植物で、その実を石灰と一緒に噛むと、唾液が赤くなり、興奮や酩酊が得られる。ドラッグに似ているが、そこまで強くない。アジア各地で見られ、合法ではあるが、インテリ層からはたいてい白い目で見られている。台湾で僕の本を出した出版社の人たちに会って接待を受けたとき、ビンロウをやったと言った瞬間、ドン引きされ、「ヤクザ!」と言われた。国によって扱いは違うだろうが、少なくとも校長が就業時間中にやるものではない気がする。

田舎村タンの小学校

校舎に入ると、すぐさまテンジンが廊下の貼り紙を指差した。《木曜日プラスチックフリー、金曜日ジャンクフードフリー》とある。
「一週間に一度、許可されているんです」
と校長が言う。金曜だけは学校でジャンクフードを食べてもいい、ということらしい。でもプラスチックフリーは?
「レジ袋など使い捨てのプラスチック製品は木曜だけ使っていいことになっています。それ以外の日は学校では使用禁止です。プラスチック製品は自然界で分解されるのに何百年とかかりますからね。環境保護の精神を普段から身につけてもらいたいのです」
校長は真面目な顔で、しかしケチャップを塗ったような口で説明してくれたのだった。――つづく。

週刊ジャーニー No.1069(2019年1月17日)掲載