2011年4月7日 No.671

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

ロイヤル・ウェディング目前!

ウィンザー朝小事典

 


【写真提供】 コーギー犬:Sheila Barker/カミラ夫人:Jos Cruz/アンドリュー王子:Richard Harvey/王冠:Pietro & Silvia

 

◆◇◆ 生存本能が選ばせた、群れのリーダー ◆◇◆

 

 この世に生きとし生ける者には、多少の差はあれ、生き残るための知恵が必ず備わっている。
 生き抜き、そして子孫を残す。
 この究極の目的達成のため、教わった訳でもないのに発揮される知恵の数々は、まさに自然の神秘としか言いようがない。しかし、何に対しても説明を加えたがる我々人類は、「本能」という言葉を考え出した。気付いていないだけで、日常生活は、この本能に基づく行動の連続で成り立っているのかもしれない。
 さて、今日、地球上を見渡した時、多くの動物に見られる本能のひとつに「群れる」という習性がある。生き抜く確率を少しでも高めるための知恵だ。
 人間も例外ではなく、有史の時代が始まるずっと以前から群れを作って暮らしてきた。一種の協力体制であり、狩りをするにも外敵から身を守るにも、個々で立ち向かうよりはるかに効率が良かった。また、戦闘行為はオスが担当し、メスは出産と子育てにあたるといった役割分担も進んだ。さらに、ひ弱な子供も、群れの中であれば、保護されて成長することが許されたのである。
 しかし、群れを作ると、摩擦、すなわちもめごとも起こりやすくなる。そこで必要となるのがリーダーの存在だ。より強く、より賢い者がリーダーとなり、他のメンバーはそれに従って行動する。
 優れたリーダーに率いられた群れは、他の群れを吸収して一層強大になる。その結果、群れに属するメンバーの生存率もますます高まる。人類は、ゆっくりだが、着実に数を増やしていったのである。
 やがて、人類の間で四大文明が生まれる。興味深いのは、どの文明にも突出して大きな群れが存在していた点だ。それらは王国、王朝などと後の研究者から様々な名で呼ばれることになるが、まるで相談したかのように、どの地域でも類似点の多い群れ=組織が育っていた。

 

◆◇◆ 英王家の祖は「外国人」 ◆◇◆

 

 そうした組織の頂点に立つのが「王」である。ほかに皇帝、天皇などの呼び名を用いる組織もあるが、ここでは「王」という言葉を使うことにする。
 リーダーとして、戦いに際しては先頭に立ち、群れを勝利に導くことを求められたため、「王」になるのはオス、いや、男性であることが必須とされた。もともと、オスとメスでは役割が異なり、体格、運動能力において、メスより勝っているオスが戦闘行為を受け持つのが合理的で、当然のことと見なされたのだ。
 群れのリーダーを決めるにあたり、優秀なリーダーの血を引く男性の子孫を選ぶ、世襲制が誕生したのも理にかなっている。リーダーが死去するたびに、群れのメンバーの中から後継者を選ぼうとすると、候補者同士が争うことは目に見えている。これは「内乱」と呼ぶべき争いであり、分裂を含む群れの弱体化を招きかねない。生き抜くための知恵、すなわち本能に反した行為と言える。
 群れという組織が成長するのにともない、男性優位の世襲制が定着したのもこれで説明がつく。現在の王室、皇室はこうして生まれたのだ。
 紀元前8世紀から続くとされる日本の天皇家などに比べると、英国王室の歴史は浅い。英国で国家に近い規模の組織が成立したのはヨーロッパの中でも比較的遅く、9世紀になってからのこと。しかも、平定されたのはイングランド南部のみだった。


フランス北部ノルマンディの町、バイユーには「Bayeux Tapestry(バイユー・タピストリー)」と呼ばれる、長さ70メートルに及ぶタピストリー(壁掛け)が残っている。ヘイスティングズの戦いとそれに至るまでの経緯が、見事に織りこまれており、当時の様子を生き生きと伝える。
 本格的な「王国」が英国史に登場したのは1066年。世界史で習うところの「ノルマンディの征服」という大事件が起こったためだ。現フランス北部ノルマンディ地方を治めていたギョームが、ヘイスティングズの戦いで勝利を収め、イングランド王、ウィリアム1世として即位。ここにノルマンディ朝が発足した。
 ノルマンディ出身、言い換えれば「外国人」であるウィリアム1世が「始祖」というのは、筆者からみると腑に落ちないのだが、現王家はこのウィリアム1世の血を脈々と受け継いでいることになっている。幾度となく断絶の危機に瀕しながらも、約千年、続いていることになり、政治上の理由で王室の存在そのものが失われた国が少なくないヨーロッパにあっては、健闘していると言えるだろう。