この船の指揮をとったのは、ホワイトスター・ライン社きってのキャプテン、エドワード・スミス(Edward John Smith、1850~1912年)である。1850年、英中部スタフォードシャーのストーク・オン・トレントで生まれたスミスは、13歳のころにリヴァプールで船乗りとしての修行を開始。30歳でホワイトスター・ライン社に入ると、みるみるうちに頭角を現し、7年後にはキャプテンを務めるまでになる。乗客や乗組員から慕われ、上流階級の人々に人気の「大富豪たちのキャプテン」として知られるようになった。タイタニック号の乗客の中には、北大西洋を横断するなら絶対にスミスの船に乗りたいと、わざわざ自分のスケジュールを調整して乗船した者もいたという。豪華客船タイタニック号の処女航海は、引退を目前にしたスミスの最後を飾るにふさわしい晴れ舞台に思われた。

ホワイトスター・ライン社の船長エドワード・スミス。
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タイタニック号ニューヨークまでの航路 |
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②1912年4月3日深夜、サウサンプトン港に到着。4月10日、午後12時にサウサンプトンから出港。 ③ 同日夕方、フランス・シェルブールに寄港 。 ④ 翌11日 、午前11時半アイルランド・クイーンズタウンに寄港。午後1時30分ニューヨークに向けて出港。 ⑤14日午後11時40分ごろ、氷山に接触。15日午前2時20分ごろ、タイタニック号沈没。 ⑥ タイタニック号が到着する予定であったニューヨーク。
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大観衆に見送られた処女航海
1912年4月10日、午後12時ちょうど。英南部サウサンプトン港は、タイタニック号の華々しい出発を一目見ようと押し寄せた観衆で溢れかえっていた。早春の晴れやかな空が広がる下、タイタニック号は大きな汽笛を響かせながら、米ニューヨークに向けてゆっくりと港を離れていった。一等船客337人、二等船客271人、三等船客712人、乗組員892人の計2212人(*)を乗せ、意気揚々と北大西洋へ旅立っていく。
一等船客たちは華麗な船内を見て回り、デッキをそぞろ歩いて海の風を楽しむ。贅を尽くした料理に舌鼓を打ち、楽団が奏でる音色に聴き入りながら、タイタニック号の最初の乗客であることに酔いしれた。その中にはイズメイの姿もあった。方々から聞こえてくる称賛の声に、彼は誇らかな顔をしていたに違いない。
航海士たちは毎日正午に集まり、一日で進んだ距離を計測。その距離や速度は公表され、日に日に速度を増していくタイタニック号は、航行速度で賭けに興じる乗客たちを大いに楽しませた。イズメイは手応えを感じていた。「このまま行けば、オリンピック号の記録を更新できるぞ!」。
ところが、こうして順調に航海を進めているように見えたのは表面上だけで、氷山に関する情報はすでに続々と無線室で受信されていた。
(*)各等船客・乗組員数に関しては諸説あり。

サウサンプトン出港の際、タイタニック号(右)は
ニューヨーク号(左)と接触しそうになる事件も起こしている。




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