2009年5月7日 No.573

●サバイバー●取材・執筆・写真/根本 玲子・本誌編集部

 

不況とエコ・ブームで人気再燃
GROW YOUR OWN!
アロットメント・ガーデン事情

 



住宅地を歩いていると、突然ぽっかりと緑のスペースが現れ、
人々が楽しげに畑仕事に精を出している様子を見かけることがある。  
住宅街の一角といったサイズから広大なものまで、その規模はまちまちだが、
これが「アロットメント・ガーデン」、いわゆる市民農園だ。
貧民救済策として誕生したというこの制度は、
人々の生活が豊かになるにつれ、一部の園芸好きを除いて
次第にその存在を忘れられていった。
しかし現在、このアロットメント・ガーデンが新たな注目を
集めており、利用希望者が殺到、ウエイティング・リストは
数年先まで一杯のところもあるというから驚きだ。
従来のガーデニング・ブームの範疇にはおさまらない
この現象の背景にあるのは何か。
今回は様々な側面から盛り上がりを見せる英国の
アロットメント・ガーデン事情についてお送りする。



※Special Thanks: 今回の企画に際し、King's College LondonのRichard Wiltshire教授、ARI (Allotments Regeneration Initiative) のMentor(アロットメントに関し指導・助言をする人)を務めるJeff Barber氏、およびHaringey内Shepherds Hillアロットメントにて秘書を務めるBruno Dore氏に多大なご協力をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 

 

 

 市民農園は英国にその起源があるといわれる。エリザベス一世の治下の16世紀、英国では、農作物作りや家畜の飼育などのために使用されていた農民たちの土地が地主によって取り上げられ、毛織物生産のため牧羊地に変えられるという「囲い込み(第一次エンクロージャー)」が行われていた。その後、産業革命が進んだ18世紀半ばから19世紀にかけては、農業生産の向上を目的に新たな「囲い込み(第二次エンクロージャー)」政策が立法化され、領主や富農たちは小作農民の土地や村の共有地を私有地化し、さらに所有地面積を拡大。これによって近代的な大規模農業が始まったが、土地を失い賃金労働者となった農民の中には生活に困窮し、都市部に出て慣れない生活を強いられるものが増えていった。こうした人々への救済策として、一部の地主階級や聖職者がささやかな地代と引き換えに、農民が食料を収穫できるよう一定の広さの土地を小額で貸与(=allotment)した制度が、現在の「アロットメント・ガーデン」(通称「アロットメント」)の原型だ。
 19世紀に入ると、初めてこの制度を法制化した「Allotment Act」(1887年)が誕生する。これにより耕地は法によって保護され、自治体は市民の要請にもとづきアロットメントを供給するよう定められる。
 その後、第一次世界大戦の頃には、食糧難対策のためアロットメントの数は拡大していき、全国で約百五十万区画とピークを迎える。1920―30年代にかけ、その数は一時減少するものの、第二次世界大戦が勃発すると政府は、連合軍勝利のスローガン「Dig For Victory(勝利のために耕そう)」を掲げたキャンペーンを展開、ポスターや小冊子を発行して市民たちが自宅の庭やアロットメントを利用して食料を自給自足(「Grow Your Own」)するよう呼びかけ、アロットメントの数は再び全国で約140万区画まで増加する。
 しかし戦後となり、世の中が安定するにつれ、アロットメントの数は下降線を描き始める。60年代の終わりには半数以下となり、70年代に入るとオイル・ショックによる社会不安や自然回帰を提唱したヒッピーカルチャーなどの動きによって多少の盛り返しをみせるものの依然落ち込みを続け、人々が消費に明け暮れた80年代には、すっかり忘れ去られた存在になってしまった。借り手がおらず空き地化したり、土地開発ブームの中で住宅地に姿を変えたりしたものも多かった。こうして90年代の終わりには全国のアロットメントの数はピーク時の六分の一以下まで減少してしまう。
 このようにしてすっかり廃れた存在となっていたアロットメントが再注目され始めたのは、ここ数年のこと。
 英国を震撼させたBSE(狂牛病)や遺伝子組み換え作物への懸念、最近では鳥インフルエンザや口蹄疫など、食の安全性に対する不安の高まりに伴い、グルメや健康ブームの名のもとオーガニック食材の人気が上昇してきた。また、こういった風潮を受けた「食べられるガーデニング」を紹介するテレビ番組や書籍の増加、そしてフードマイル(※)を減らし環境への負荷を軽減しようという運動への注目など、さまざまな異なる側面からアロットメントが再評価されるようになった。これまでは、どちらかというとライフスタイルの安定した「お年寄りのレクリエーション」というイメージのあったアロットメントが、野菜作りに興味のなかった人々も目を向けるエコ・トレンドとして関心を集めるようになったのだ。
 また、世界的に食料価格が高騰したことに加え、昨年より米国から一気に世界中に広まった金融危機によって英国も不況に突入。もともとガーデニング文化が根付いていたお国柄も手伝って、一気にブームは加熱し、アロットメントはトレンドというだけでなく、「実益」を兼ねたレクリエーションとして見事なカムバックを果たした。
 昨年発表されたデータによると、全国のアロットメント数は約33万区画、空きが出るのを待っているのは10万人に及ぶという。さらに2005年には、戦後初めて野菜の種の出荷が花の種を上回ったというデータもあり、アロットメントへの需要はより一層高まりを見せている。
 ここに来て再び「Grow Your Own」という言葉が英国人にとって「DIY(Do It Yourself=専門家に任せず自分でやってみる)」と同じぐらい馴染みの深い言葉になっている。そう、「Grow Your Own」は独立心旺盛な英国人の DIY精神の現れといえるかもしれない。

 

※フードマイル…食料の生産地から消費地に至るまでの距離のこと。 食料政策を専門とする英国の消費者活動家ティム・ラング教授が1994年に提唱した言葉で、「食料品は地産地消(生産地と消費地が近いこと)が望ましい」という考え方に基づく。生産地と消費地が遠くなると輸送にかかるエネルギーがより多く必要になり、環境への負荷も大きくなるとされる。ちなみに食料の多くを輸入に頼っている日本では、国民ひとりあたりのフードマイルが世界一。