
英国で「名物」と呼ばれる食べ物はお世辞にも多いとはいえないが、リッチモンド~キュー・ガーデンズ界隈で少なくとも150年にわたって愛され続けているお菓子がある。その名を「メイズ・オブ・オナー」という。
もともとの起源は古い。カトリック教会の総本山、絶大な権力を誇るバチカンには一国の王とて逆らえず、婚外子は正式な世継ぎと認められなかった16世紀にまでさかのぼる。嫡男を欲するあまり、バチカンからも破門され、6人の妻をめとったことで知られる、英チューダー朝ヘンリー8世(在位1509~47年)の御代のこと。当時、宮廷はリッチモンド宮殿におかれていた。2番目の王妃にして、後にエリザベス1世となる幼い娘を残して処刑されたアン・ブリンが、まだヘンリー8世の寵愛を受けていた頃、アンと、彼女に仕える侍女たち(メイズ・オブ・オナー)が、銀の皿にうやうやしく盛られたお菓子を楽しんでいるところに、たまたまヘンリー8世が加わった。
そのお菓子を口に含んだヘンリーは、衝撃を受けた。口の中でとろけるようなこの美味しさ! ヘンリーはすぐさま厳命をくだし、その作り方を門外不出とするため、鉄の箱に入れて鍵をかけ、リッチモンド宮殿の奥に仕舞い込んだ。一説によると、ヘンリーはこのお菓子を作っていた女性使用人を軟禁し、宮廷内で国王夫妻とその取り巻きたちにしかこのお菓子が供されないようにしたという。
時は流れ、チューダー朝はエリザベス1世の代で途切れ、スコットランド出のステュワート朝の時代となった18世紀初頭。一時は秘匿されたお菓子のレシピが、リッチモンドのパン職人の手に渡ったとされている。ジョン・ビレットなる人物が、「オリジナル」のメイズ・オブ・オナーを焼き始めた。ここで修行していたのが、若きロバート・ニューエンズだった。やがてロバートは独立し、リッチモンドに自分の店をオープン。そこでメイズ・オブ・オナーを販売し、これが人気を博した。
1850年、ロバートの息子アルフレッドがリッチモンドからキュー・ガーデンズそばに店舗を移し、それ以来、現在に至るまで同じ敷地で営業を続けている。第二次世界大戦のさなかに爆撃で店は大破してしまったが、1947年ごろに再建。それまでの木炭や石炭を使っていたオーブンをガスに変えるなど、キッチン内は大幅に近代化された。しかし、一切の添加物は使わず、信頼できる供給元から仕入れた素材を使って、いちから店内で作った商品しか販売しないという伝統はかたくなに守っている。


今回、取材班は「スペシャル・ティー・セット」を予約。
①食前酒(それぞれグラス1杯)…プロセッコ/キール・ロワイヤル/赤または白ワイン/ソフトドリンクの中からひとつ選択。
②ポット入り紅茶、またはコーヒー。
③ティー・サンドイッチ5種…イングリッシュチェダー、スモークサーモン、ローストハム、エッグマヨネーズ、キュウリという正統派ラインアップ。
④カクテル・ソーセージロール…メイズ・オブ・オナーと肩を並べるほどの人気の定番商品。「カクテル」とついているのは小さめであるため。
⑤パイ一切れ…チキン/ステーキ/サーモンの中からひとつ選択。
⑥キッシュ一切れ…チーズ&リーク/ベーコン&トマト/マッシュルーム/サーモン&ホウレン草の中からひとつ選択。
⑦スコーン(クロテッド・クリームまたはバター、ジャム付き)…プレーン、フルーツの中から2つ選択。両方試したい時は「ミックス」と伝えればOK。
⑧その日のケーキの中から4種(「テイスター」という小さなサイズ)/カウンターにあるケーキの普通サイズ1切れ/メイズ・オブ・オナー1つの中から選択。
⑨チョコレート・トリュフ4つ。



①、⑤、⑥、⑦、⑧はすべて選択する必要があるので、注文するほうも注文をとるほうもひと仕事。こんなに食べられるのかと心配になったが、取材班(女性スタッフふたり)はほぼ完食。パイやキッシュの塩加減が絶妙、かつ決してくどくなかったこと、そしてスコーンも軽やかな仕上がり、ケーキも甘さおさえめの上品なタイプだったことが大きい。150年間、営業を続ける老舗の底力を見た気がした。
これでひとり50ポンドは、今のロンドン中心部の物価から考えると破格といえる。ただ、量が多いことは確かなので、これをランチがわりにし、キュー・ガーデンズで1日過ごすことを提案したい。
例えば、キュー・ガーデンズがオープンする午前10時を目安に、下の地図のライオンズ・ゲートから入場→パゴダ(現在は上には登れず残念)経由で、ツリートップ・ウォークウェーに向かう→テンプレット・ハウスを見学→12時に、予約していたニューアンズへ(週末は特に込み合うので、事前予約必須)。ヴィクトリア・ゲートからいったん外へ出て、ザ・スペシャル・ティー・セットを同店で昼食代わりに堪能→再びヴィクトリア・ゲートからキュー・ガーデンズに戻り、パーム・ハウスをはじめ、時間と体力が許す限り、園内を散策。


店内は、英国人の古い家の居間を想起させる温かな空気に満ちている。スタッフたちの対応も良く、心地よく過ごすことができた。日本からのお客人も、ここにお連れすれば、きっと喜んでもらえることだろう。できればお天気の良さそうな日を選んで、キュー・ガーデンズとあわせて足を運んでみてはいかがだろう。
Travel Information ※情報は2025年7月8日現在のもの。
↓画像をクリックすると拡大します↓
①Lions Gate ライオンズ・ゲート
②Great Pagoda グレート・パゴダ
③Treetop Walkway ツリートップ・ウォークウェー
④Temperate House テンプレット・ハウス
⑤Palm House パーム・ハウス
⑥Victoria Gate ヴィクトリア・ゲート
※キュー・ガーデンのメインの入口。ショップ、トイレ、カフェなどがある。
⑦Newens, The Original Maids of Honour
ニューエンズ、ジ・オリジナル・メイズ・オブ・オナー




Newens,
The Original Maids of Honour
ニューエンズ、ジ・オリジナル・メイズ・オブ・オナー
288 Kew Road, Richmond, Surrey, TW9 3DU
Tel: 020 8940 2752
https://theoriginalmaidsofhonour.co.uk
営業時間 毎日9:00~18:00
※午後遅くに行った場合、メイズ・オブ・オナーが完売していることがあるのでご注意を。
■メイズ・オブ・オナーは、火・水・木曜日に限り、クーリエサービス(常温配送)で注文することが可能。ただし、時間指定はできない。8個入りで17ポンド(別途、送料がかかる)。
■スペシャル・ティー・セットのほか、スコーンとお茶のみのセットなど各種あり。また、食事メニューも充実。週末は家族連れも多い。
週刊ジャーニー No.1401(2025年7月10日)掲載


















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