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徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、英国のエスカレーターでは 「立つ人は右側」と 決められているんですの?

2015年5月15日

徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

さて、本日もひとつご報告させていただきたく存じます。

英国のエスカレーターでは、立つ人は必ず右側、そして左側は急いでいる人のためにあけておく、と決まっております。法律とまではいきませんが、少なくとも地下鉄では「立つ人は右側に(Stand on the right)」と表示がはっきりと出ています。旅行者の方などで、時折このルールを知らずに左側に立ち、急ぐ人々の行く手をさえぎって迷惑となっている様子も見かけるものの、「道をあけてください」と後ろから声をかけられ、すぐに気づくのが普通です。

本当に合理的なルールで、急いでいるときにはありがたい限りです。ただ、かねてから、どうして右側に立つのか、誰によってどのように決められたのかを知りたいと思っておりました。健康のためにエスカレーターでは常に左側を上り下りするようにしておりますわたくしは、先日も、ロンドンの地下鉄駅の中で最も長いといわれますエンジェル駅のエスカレーター(60メートルでございます!)を上りながら、思い切って調べてみようと決めた次第です。

デパートなどにもエスカレーターはあるものの、急いで上り下りする人の姿はあまり見かけないように思います。「立つ人は右側」というルールは適応されていますが、買物と通勤では人々の時間的余裕に雲泥の差があります。やはりこのルールのよさが最大限発揮されているのは、ロンドンの地下鉄でしょう。

そこで、ロンドンの交通博物館(London Transport Museum)に問い合わせてみることにいたしました。

わたくしの質問について、担当の方がご親切に調べて折り返し電話をくださいました。その方から、なぜ右側を選んだかについては「特別な理由はなし」とのシンプルなお返事が返ってきました。

ロンドンで初めてエスカレーターが設置されたのは1911年、アールズ・コートという駅でのこと。その10年後の1921年、エスカレーターが備えられた駅々で「立つときは右側に」というアナウンスが開始されたのだそうです。以来、このルールはロンドンの地下鉄駅にある全エスカレーターに適用されているのです。

エスカレーターの半分を急いで上り下りする人のためにあけておこうという発想が生まれた時点で、選択肢は右か左かという2つしかなかったわけです。決定にあたり、生物学的、あるいはその他の社会的な根拠はなく、一方が潔く選ばれた、というのも自然なことに思えました。

日本でも以前、類似したルールを定めようとした際、「立つ人は右側とする場合、右手が不自由な人のことを無視することになる」など、様々な意見が噴出して全国規模の決定にはいたらず、地域によって異なるという不統一なルールが生まれるに終わったと聞いた記憶がございます。確かに色々な立場にある人々の意見に耳を傾けるのは必要ですが、すべての人を完全に満足させることは不可能でしょう。この件に関していえば日本政府が右か左か、どちらかにスパッと決めてしまっても良かったのでは、と思えます。時にはこうした決断を行うことが暮らしの中で必要とされるケースもあると考えさせられました。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成27年5月11日 るり子



とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の27歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英3年2ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。