■ミュージカル「王様と私(The King and I)」の開幕まで約2週間に迫った6月5日、本誌取材班はロンドン北部で開催された記者発表会へと足を運んだ。そこには主演の渡辺謙さん(58)と、渡辺さん演じるシャム国王の右腕、クララホム首相役を務める大沢たかおさん(50)の姿があった。大沢さんにとって全編英語での芝居は初めてとなる。渡辺さんインタビューに続き、今回は大沢さんに話を伺った。
すべてが新鮮
「リハーサル開始日の直前まで日本人に囲まれて日本で映画の撮影をしていたのが、突然、英語環境の現場になったので、最初はその変化が面白くて自分で笑ってましたよ。ただもう1ヵ月が過ぎたので、慣れましたけどね」ハリのある声で饒舌をふるいながら屈託なく笑う姿は、ドラマや映画などの役柄から受ける大沢さんのクールなイメージとは大きく異なり、親しみやすい印象だ。そんな大沢さんが「王様と私」に出演することになったきっかけは、渡辺さん主演の同作をニューヨークで鑑賞したことにある。
「ブロードウェイ公演を見に行ったときに、たまたま色んなスタッフを紹介してもらったんです。そのときは日本での仕事があったので特にどうというのはなかったんだけど、今回イギリス公演があることが決まって、それで声がかかりました」
1995年にイギリスで上演された蜷川幸雄さん演出の「夏の夜の夢」で舞台デビューを果たした大沢さんだが、今回は米国人演出家による全編英語の舞台。どんな心境で出演を引き受けたのだろうか。
「これまであまり自分のフィールド(日本)から出て仕事をすることがなかったので、違う環境に自分を置くのはいい挑戦でもあるし、発見もあるかな、と思って参加を決めました。ただの観客だったのに、今この場にいるのはすごく不思議です」
少し興奮気味に目を輝かせるが、実は英語での芝居は初めて。
「自分でもそれに気づいてなかったんですよ。現場で『過去に海外でどんな作品やったの?』と聞かれて、『やったことないな』みたいな(笑)。当然だけど、周りには日本語を話す人がほとんどいないし、謙さんと仲はいいけどかといって現場でゲラゲラはしゃぐわけではないでしょ。芝居も英語、ほかの役者さんとの話も英語。すべてが新鮮です」
その表情には不安の色などまったく見られず、むしろ新しいことを喜ぶ無邪気さが滲む。
記者発表会での大沢たかおさん(中)と渡辺謙さん(右)。
英語のもどかしさ
あまりにも楽しそうに語る大沢さんだが、リハーサルが始まって困ったことやトラブルなどはないのだろうか。尋ねてみると、一瞬考えたあとにこう答えてくれた。「困ったことと言えば、こっちってエアコンがないじゃないですか。だから電車がつらい(笑)」
芝居中の悩みが語られると想像したが、答えはロンドンで生活する人の多くが抱える普通の悩み。人気俳優ながらも電車で移動していることにも拍子抜けする。
「ロンドンを知る意味でも移動は電車を使おうと心に決めてリハーサル現場まで電車で通っていたんですけど、朝なので混むし、暑いんですよ。少しでもストレスをなくしてリハーサルに臨みたいので、最近ちょっと横着してタクシーを使ってます(笑)」
この普通の感覚が、多くの人を惹きつける大沢さんの魅力のひとつだろう。もちろん演技においても、日本との違いを感じている。
「こっちに来て気づいたことですが、日本語で演じるのと英語で演じるのとでは全然違います。日本語だったら、微妙なニュアンスを表現する方法が無限大にあるんです。表現方法を変えようと思わなくても、気持ちに合わせて言葉が自然と出てくる。でも、英語だとそうはいかない。伝えたい気持ちがあっても、気持ちが乗った言葉が出てこない。それがあまり気持ちよくない。悔しいですね」
それは20年以上にわたり表現者としての道を歩んできた実力派俳優だからこその『壁』と言えるのかもしれない。
「英語というものが自分の体の奥に入ってこないと、なかなか難しいのかなと思います。日本で芝居をしたことがなければ、芝居ってこういうもんだって思えるんでしょうけど、これまで日本で100本くらい作品に携わってきた中で、針の穴を抜けるような芝居をずっとやってきたから。今は針の穴どころか、大きな穴も通らないぞ、みたいな(笑)」
そう話しながら、大沢さんはまた無邪気に笑う。「でも結局は、表現方法を探していくしかない」と、ありのままの自分と正面から向き合う姿勢は、美しくそして清々しい。
居心地のよさのマイナス面
年齢を重ねても新しい環境に身を置いてチャレンジし続ける意欲はどこから沸いてくるのだろうか。「そうですね…。誤解を恐れずに言うならば、日本の現場では、苦労せずに過ごせちゃうんですよね。常に守られた環境にいて、どこに行っても美味しいものを出してくれて、どこの現場でもみんな優しい。時々、自分が成長してないなって気づくことがあるんです。そりゃそうですよね。恵まれてるところにいたら、人って成長しないですよね。それは、居心地のよさのマイナス面だなとわかっていたので自分を厳しくはしていたんだけど、でもやっぱり成長できてないなっていうのがあって。だったら、誰もちやほやしてくれない環境で、まったく自分の知らない人や自分のことに興味もない人たちとやったらどうなのかな? と思いました。って、日本でそこまでちやほやされてないんだけど(笑)」
6月21日、「王様と私」がいよいよ開幕する。インタビューの最後に「週刊ジャーニー」読者へのメッセージをお願いした。
「僕も謙さんも、映画はともかく、舞台となると何年かに1回しかやらない。下手したらこの次は10年後かもしれない。そういう意味で、ぜひこの機会に見ていただきたいですね。僕と謙さんが一緒に演じることもなかなかないので、それを楽しみに見に来てもらえたら嬉しいです。ずーっと毎日出ていますので」
シャム王(渡辺さん)と、王を支えるクララホム首相(大沢さん)。ふたりの息の合った演技がいまから楽しみだ。
(文/本誌編集部 西村千秋)
週刊ジャーニー No.1039(2018年6月14日)掲載