【ロンドン公演開幕直前!】野田秀樹 特別インタビュー

■ 10年ぶりとなる英語版の新作舞台「One Green Bottle」のロンドン公演が、4月27日より幕を開ける野田秀樹氏(62)。第4弾となる今回は、故・十八代目中村勘三郎氏と共演して「伝説」となった舞台の英語版だ。約3週間にわたる公演を目前に控えた野田氏に、この作品に込めた思いと意気込みをうかがった。

「伝説の舞台」が英語版で復活
力強い鼓(つづみ)の音とともに、「伊勢物語」の一節を謡う朗々とした声がスタジオ内に響き渡る。仮設のステージ上には、昭和の香りが漂うテレビや電話、ちゃぶ台、座布団。茶の間から玄関へと続く廊下として、能舞台を模した「橋」がかけられている。やがて厳かな調べと入れ替わるように、無機質な英語のニュース音声が流れ、能楽師である父親が「帰宅」する…。
稽古場となっているロンドンのスタジオを訪ねると、通し稽古が行われていた。これは舞台の冒頭部分で、出産が間近に迫る愛犬の世話をしなければならないものの、それぞれどうしても外出したい用事を抱えている父・母・娘の3人家族の物語である。なんとか自分だけでも家を出ようと、あの手この手を使ってバトルを繰り広げる様子に、稽古の見学中とわかっていても思わず笑い声がこぼれてしまう。ところが、話が進むにしたがって衝撃的な展開を迎えていき、気がつくと固唾をのんでステージを見守っていた。
「暴力的とは言わないですけど、激しく他人を拘束し合いますからね。知らないうちに、どうしようもない状況を自分たちでつくってしまう。今の世の中にはよくあることで、そういう愚かなことをしちゃうんですよね、人間って(笑)」
穏やかで気さくな笑顔を浮かべながら野田氏が語ったのは、人間の心の「歪み」とそれに気づかない「怖さ」だ。
「One Green Bottle」は2010年に日本で上演された舞台「表に出ろいっ!」の英語版。歌舞伎役者の中村勘三郎氏(父役)と野田氏(母役)が夫婦として出演し、当時大きな話題となったが、2012年に勘三郎氏が亡くなり「伝説の舞台」となっていた。今回新たに生まれ変わった英語版では、これまでの野田氏の作品「THE BEE」(2006年・2012年)、「THE DIVER」(2008年)でも共演した英女優キャサリン・ハンター氏、英俳優グリン・プリチャード氏と再びタッグを組んでいる。
「彼らとロンドンでまた何かやろうと話していて、どの舞台にしようかと考えた時に、自分の作品では『表に出ろいっ!』が英語に変えても一番わかりやすい世界だと思ったんです。『自己破壊』というテーマは、今の現代社会に通じるんじゃないかなと」
その原因のひとつとして挙げるのが携帯電話。劇中では、母や娘がスマホを片手に大騒ぎする場面がある。
「携帯電話が欠かせない時代になり、ナルシシズムが加速しているというか、みんな「ME! ME! ME!」になっているんですよ。自分とだけコンタクトをとって、それ以外の世界は興味がない。携帯が生まれた当初は『持ち歩ける電話』としか思っていなかったはずなのに、今はこんなに人間を振り回すものになって、コミュニケーション方法も変わってしまった。すごく人間を変えてしまった気がして」。「ロンドンの地下鉄内で、新聞を読んでいる乗客を見るとホッとする」と話すその目に、行く末を案じる光がともる。

「表に出ろいっ!」(2010年)より。(右から)父役の中村勘三郎氏、娘役の黒木華氏、母役の野田秀樹氏。撮影:篠山紀信

性別を入れ替える
野田氏が手がける英語舞台の特徴といえば、役者と役柄の性別を入れ替えた「男女逆転」。今回も母役は引き続き野田氏、そして父役を女性のハンター氏、娘役を男性のプリチャード氏が演じる。
「逆転の始まりは『THE BEE』で、レイプ・シーンがあったんです。イギリスの女優さんにとって、これをそのまま演じるのは抵抗があったみたいで、その時に役者と役柄の性別を逆にしました。今回はそういうシーンはありませんけど、かなり強い言葉の応酬がありますし、父親が威張り散らしている姿も男性が演じると生々しくなっちゃいますから」
確かに、スマホばかりいじって面倒くさそうに受け答えするティーンの娘も、たくましい体つきのプリチャード氏が演じると、「いるいる、こういうイマドキの子!」と笑いを誘われてしまう。
ちょっと怖い「数え歌」
セリフは基本的にすべて英語。だが、時々「おかえりなさーい」「嘘でしょー!」といった日本語が織り交ざる。
「英語翻訳は、チャンネル4のドラマ『Flowers』(2016年)の脚本を手がけたウィル・シャープが担当しました。彼は母親が日本人。8歳まで日本に住んでいたから、日本語が少し話せるんですよ。かなりたどたどしいけど(笑)」
彼の母親が使う「耳に馴染んだ日本語のフレーズ」を勝手にセリフに入れてきた、と苦い顔。
「実は結構面倒くさいんです。英語を話す時って、脳みそを切り替えないとしゃべれない。とくに役者として英語を話す時には、ネイティブじゃないので話すこと自体が演技になるんです。声をいつもより少し低く響かせて『What?』って良い音を出したり(笑)。セリフのスピードも速いし、そこに日本語が混ざってくると切り替えが大変。今はもう慣れましたけど、最初の頃は夢に出てきましたよ(笑)」
「One Green Bottle」という日本版とはかけ離れたタイトルに決めたのも、シャープ氏のアイディアからという。
「『Ten Green Bottles』というイギリス人なら誰でも知っている数え歌を教えてくれたんですけど、普通は1から増えていくのに、10から減っていく数え歌って珍しくて面白いなって。ビンが割れて数が減っていく感じが、世界が少しずつ壊れていく今回の物語と似ていると思ったんです。『One Green Bottle』にしたのは、もう1本しかないよ、未来が心配だねってこと。でも前向きに考えれば、まだ1本ある。やっぱり希望は残したいからね(笑)」と茶目っ気たっぷりに笑った。

英語版として生まれ変わった「One Green Bottle」より。(右から)母役の野田秀樹氏、父役のキャサリン・ハンター氏、娘役のグリン・プリチャード氏。撮影:篠山紀信

伝統で悪ふざけ?
今回の舞台では、歌舞伎囃子方・田中流十三代家元の田中傅左衛門氏が生演奏するのも見どころのひとつ。歌舞伎役者の坂東玉三郎氏に「彼の演奏でなくては舞台に上がらない」と言わしめる鼓の名手だ。
「彼が舞台にいるだけで、場の雰囲気が変わるんです。すごいですよ。その『伝統』の前で、伝統をおちゃらけて演じちゃうんだから、最低ですよね(笑)」
古典と現代をクロスさせる舞台は、野田氏の得意とするところ。見逃せない生共演となることは間違いない。
昨年、ロンドンに先駆けて日本で公演を行い、大成功を収めた「One Green Bottle」。しかし野田氏は「今回が本当の意味での本番」と語る。10年ぶりの新作公演、ぜひ劇場に足を運んで心をざわつかせていただきたい。

(文/本誌編集部 中小原和美)

【のだ・ひでき 】
1955年、長崎県生まれ。東京芸術劇場芸術監督、多摩美術大学教授。 東大在学時に劇団「夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁の芸術家在外研修制度(現・新進芸術家海外研修制度)でロンドンに1年間留学。翌年、演劇企画制作会社「NODA・MAP」を設立。歌舞伎の脚本・演出、海外での英語劇の創作を含む幅広い活動を展開。2009年、名誉大英勲章OBEを受勲。11年、紫綬褒章受章。今回のロンドンでの英語版舞台上演は「RED DEMON」「THE BEE」「THE DIVER」に続く4作目。
One Green Bottle
「 表に出ろいっ!」
~English version~
4月27日(金)~5月19日(土)
作・演出 野田秀樹
英語翻案 ウィル・シャープ
出演 キャサリン・ハンター
グリン・プリチャード
野田秀樹
演奏:田中傳左衛門
会場 Soho Theatre
21 Dean St, London W1D 3NE
上演時間 午後2時30分、午後7時15分
チケット £10~
https://sohotheatre.com

2017年 日本公演の様子はこちら

週刊ジャーニー No.1032(2018年4月26日)掲載