A NIGHT
AT THE KABUKI

■ 今年9月、4年ぶりとなるロンドン公演がサドラーズ・ウェルズ劇場で幕を開ける野田秀樹氏(66)。今回の「A Night At The Kabuki」は2019年に日本で上演された舞台の再演で、初演時には読売演劇大賞・最優秀作品賞を受賞した作品だ。公演準備のために来英した野田氏に、舞台について話をうかがった。

A NIGHT
AT THE KABUKI

名作の「後日譚」

「あぁ、ロミオ様、ロミオ様!
なぜロミオ様でいらっしゃいますの、あなたは?
あなたのお父様をお父様でないといい、あなたの家名をお捨てになって!
それとも、それがおいやなら、せめては私を愛すると、誓言していただきたいの。
さすれば、私も今を限りキャピュレットの名を捨ててみせますわ」
(『ロミオとジュリエット』中野好夫訳/新潮文庫)

このジュリエットのセリフは、誰もがなんとなく聞いたことがあるだろう。「ロミオとジュリエット」は、「恋」の物語として世界で最も有名なもののひとつだ。
このシェイクスピアの名作は、宿命的な出会いを経て愛を誓った2人が悲劇的な最期を迎える悲恋物語だが、野田氏が今回挑戦するのは「もし2人が生き延びていたら…」という、その後日談だ。それは、決して「幸福に暮らしました」で幕が下りるハッピーエンドではない。
「有頂天の恋人たちって、ときにものすごく無責任なことを言うでしょう? そのひとつですよね。『名前を捨てろ』って簡単に言うけど、名を捨てるとどういうことになるのかまでは考えていないんです」
「ロミオとジュリエット」の舞台は14世紀のイタリア。それを12世紀の日本へ移し、さらに対立するモンタギュー家とキャピュレット家を源氏と平家に置き換えている。奇抜な設定ではあるが、こうした争いは国や時代が変わっても起き続けるという寓話にも受けとれる。

「はじまりの場所」で公演

 「A Night At The Kabuki」は、2019年に日本で上演された舞台の再演。出演者は初演と同じメンバーで、10代の若き源氏の愁里愛(じゅりえ)を広瀬すず、平家の螂壬生(ろうみお)を志尊淳、そして生き延びた後を松たか子と上川隆也が演じる。ほかにも平清盛を竹中直人、もちろん野田氏も愁里愛の乳母として登場する。セリフはすべて日本語(英語の字幕スクリーンあり)。これまでの野田氏の英国公演では、イギリス人の役者と英語で芝居をすることが多かったため、英国での日本語上演は約30年ぶりだ。
「30年以上前、エディンバラ国際フェスティバルに2回招待されて、日本語で公演を行ったときに、日本語でやっていてもダメだなって思ったんですよね。日本語のわからない観客に、本当に届いているのか不安感があった。だからその後は英語で演じたりもしていたけど、今回はそのことよりも『大きな作品を死ぬまでにロンドンで上演したい』という気持ちが強くて。英国の役者とは、これまで小さな劇場で少数精鋭でやってきましたからね」
「サドラーズ・ウェルズ劇場が上演を許可してくれたのは、本当にありがたい」と笑みを浮かべる野田氏だが、実はこの劇場は彼にとって特別な場所だという。
「エディンバラ公演の少し後の1993年、(文化庁の芸術家在外研修制度で)ロンドンに留学したのですが、英語もわからないのにナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニーへ行って、1日ボーッと座って勉強したふりして帰る演出家にはなりたくなかった。自分は役者もしているので、もっと動ける所を探していたら、蜷川(幸雄)さんを介して『テアトル・ド・コンプリシテ』という身体表現での演技に定評がある劇団のワークショップを紹介されました。そのワークショップの会場が、サドラーズ・ウェルズ劇場だったんです」
ドキドキしながら劇場を訪ね、ステージドア(楽屋口)の前で転校生のように「やっぱり帰ろうかな…」と参加をためらった日のことを語りながら、「サドラーズからすべて始まったという思いがあるので、そこで公演できるのが嬉しい」と目を輝かせる。

クイーンの音楽との融合

 今回の舞台の大きな見どころのひとつが、英国が誇るロックバンド「クイーン」の楽曲とのコラボ。自身がクイーンのファンであるのかと思いきや、「クイーン側から、アルバムの『オペラ座の夜(A Night At The Opera)』を使って日本で芝居をつくることができませんか? とオファーが来たんですよ。アルバムの全曲を使うこと、日本風の芝居にすることが条件でした。彼ら、日本が好きだから(笑)」。
降って湧いたような依頼に「夢のよう…」と喜ぶよりも、果たして実現できるのかと、ものを創る人間としての心配が先に立った。「アルバム全曲を入れたら、必要以上に芝居が長くなってしまうだろうし…。それに当時、すでに私はロミオとジュリエットをベースにした話を創り始めていたんです」。アルバムにあわせて新作を最初からつくるのでは、上演するのが何年先になるかわからない。
ところが、アルバム収録曲の「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞を読み込んだことで、考えが変わった。
「非常に謎の多い歌詞なんだけど、そこから色々なものを自分なりに拾えました。例えば、ガリレオやフィガロ、スカラムーシュ(イタリア喜劇の道化役のこと)など、途中からイタリア語が出てくる。この曲では少年が殺人を犯してしまうけど、その子はイタリア系の移民だったのかなとか。それが自分の中ではロミオを彷彿とさせたんです。『ガリレオ、ガリレオ』の部分も実は裁判シーンで、許してやれ! いや、殺してしまえ! と弁護側と検察側の掛け合いになっていてドラマがある」。ひょっとしたら、ロミオとジュリエットで出来るのでは? と感じたという。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、第1幕と第2幕で1回ずつ使われているが、「2幕で流れる場面が出色の出来です!」と胸を張る。

ミュージカルでも歌舞伎でもない

とはいえ、全曲すべてが流れるわけではない。
フレディ・マーキュリーのピアノソロやブライアン・メイのギターソロの部分だけを使ったりもしている。また、音楽だけでなく舞台上で鳴る効果音はほとんどがアルバムの曲から抜き出したというから、そのこだわりに驚くばかりだ。
「題名からミュージカルのように朗々と歌うとか、歌舞伎のように演じると思っている人もいるみたいですけど、すべて裏切ることになると思います(笑)」と不敵な笑みを浮かべる姿に、奇想天外な舞台への期待が高まる。
ちなみに、映画「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年)を観て、クイーンの楽曲の面白さや独特の世界観を初めて知った人は、アルバムを聴き込み、詞も目を通すなど「事前勉強」してから行くべきか伺うと、「必要ないと思います。知っていた方がより楽しめるかも、というのは若干あるかな? でも「my best friend」などの簡単なキーワードさえ耳に入れば、何でその曲がそこで使われているのかわかると思うし。ただ、本来の曲の内容とは正反対の意味でわざと使っているシーンもあるので、必ずしもシーンと共鳴するとは限らないですけどね(笑)」。
愛と憎悪、友情と裏切り、運命や時代に翻弄される悲哀…。英国の古典と日本の古典が溶け合い、そこに現代のUKロックが複雑に絡み合って、やがて予想だにしない結末へと向かっていく――。
「これを読んで行きたいと興味を持ってくれた日本の方は、ぜひイギリスの方を2人ほど連れて、足を運んでいただけると嬉しいですね(笑)」と茶目っ気たっぷりに笑った野田氏。個性あふれる芝居とパワーみなぎる音楽が表裏一体となった「伝説」の舞台を、ぜひ劇場で体感していただきたい。

(文/本誌編集部 中小原和美)

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2組の螂壬生(ろうみお)と愁里愛(じゅりえ)を演じる志尊淳と広瀬すず(前列)と、松たか子と上川隆也(後列)。
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平家の当主、平清盛を熱演するのは竹中直人(左端)。
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役者としても舞台に立ち、今回は愁里愛の乳母役で大暴れする野田秀樹氏(左)。
(撮影:篠山紀信)
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【 のだ・ひでき 】

1955年、長崎県生まれ。東京芸術劇場芸術監督。 76年東京大学在学中に「劇団 夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁の芸術家在外研修制度(現・新進芸術家海外研修制度)でロンドンに1年間留学。翌93年、「NODA・MAP」を設立。歌舞伎やオペラの脚本・演出、英語劇の創作などを含む幅広い活動を展開。2009年、名誉大英勲章OBEを受勲。09年度朝日賞受賞。11年、紫綬褒章受章。今回のロンドンでの舞台上演は「One Green Bottle」(2018年)以来、4年ぶりとなる。

A Night At The Kabuki
Inspired by A Night At The Opera

9月22日(木)〜24日(土)
作・演出
野田秀樹/音楽 QUEEN
出演
松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳、
橋本さとし、小松和重、伊勢佳世、羽野晶紀、野田秀樹、竹中直人ほか
会場
Sadler's Wells Theatre
Rosebery Avenue, London EC1R 4TN
開演時間
午後2時30分、午後7時30分
チケット
£15~
www.sadlerswells.com
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週刊ジャーニー No.1246(2022年6月30日)掲載

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