保守党の国会議員には離脱派が少なくないが、主義・主張だけでなく、今後の『出世』についても考慮したうえで態度を決めることが求められる(円内はストラルブールにあるEU議会場)。

【緊急企画】英国民の選ぶ未来とは

EUからの離脱か残留か

6月23日、いよいよ英国の将来を大きく左右する国民投票が行われる。
投票用紙は二者択一。どちらかを選択するしかない。
両派の支持率は拮抗しており、まさに予断を許さぬ状況といえる。
果たして英国民が選ぶ未来図には、「EU加盟国」の肩書きが残るかどうか、世界も固唾をのんでなりゆきを見守っている。 本稿では、離脱派と残留派の言い分の概略を、主要なポイントに絞って取り上げる。(文・黒田犬彦)

総論

Leave! 離脱派

EUはイギリスが加盟した頃に比べ大きく変質した。EU本部は加盟国の事情を考慮せず、自分たちが決めた規制や法律を一律に押し付けて来る。そのためイギリスの農業と漁業は深刻な打撃を受け、企業のコストは上昇した。またEU諸国から無制限に流入する移民の影響でイギリスの公的サービスは危機的な状況にある。経済を安定的に発展させ質の高い公的サービスを守るためにイギリスはEUから離脱して主体性を取り戻すべきだ。

Remain! 残留派

EUの加盟国として5億の人口を擁する単一市場と自由に取引できるからこそイギリスは世界第5位の経済規模を維持できる。イギリスの国際的な影響力が強いのも「EUの中の主要国」という立場があるからだ。EUから離脱すればイギリスの経済は縮小して不景気になり、税収不足から国が窮乏するだけでなく、失業、インフレ、公的サービスの質の低下など国民生活に多くの支障が生じる。だからイギリスはEUに残留すべきである。

分担拠出金

Leave! 離脱派

イギリスはEUに1週間あたり3億5千万ポンドもの分担拠出金を支払っている。それだけの資金があればNHSの病院を毎週一棟建設できる。EUから離脱して拠出金の支払いをやめ、それをイギリス国民自身のために使うことはイギリスの経済や公的サービスにとって大きなプラスになる。

Remain! 残留派

離脱派がさかんに宣伝している1週間あたり3億5千万ポンドという金額は正確な数字ではない。払戻金とイギリスの公共及び民間セクターが受け取る補助金を差し引いた実質的な分担金は1億8,800万ポンドである。離脱派はわざと誇大な数字を使って国民の判断を誤った方向へ誘導している。

経済

メモ 財務省は今年4月、「EUを離脱した場合、イギリスの経済規模は2030年までに6.2%縮小し、GDPは一世帯あたり4,300ポンド減少する(相互協定締結の場合)。その場合、税収は360億ポンド減少し、国民の所得税率は現在よりも8%高くなる」という試算を公表した。

Leave! 離脱派

財務省は恣意的にEU離脱のマイナス要因だけを試算に反映させ、プラス要因を全く無視している。実際は①EUに支払っていた拠出金をイギリス自身のために使える②EUの過剰な規制や法律を免れる③世界の国々と自由に貿易協定を締結できる――などのメリットによりイギリスのGDPは増加する。カーディフ大学のミンフォード教授(サッチャー元首相の顧問)は『EUから離脱すればGDPは4%増加し、物価は8%下がる』という試算を発表している。

Remain! 残留派

財務省や国際的なシンクタンクが指摘するようにEUから離脱すればEU単一市場との貿易が激減し、イギリス経済は深刻な打撃を受ける。その結果不景気に陥り、税収不足からNHSなどの公的サービスを縮小せざるを得なくなる。また株と債券の価格が下落し、金利は上昇する。一方でポンドが安くなり、物価は高くなる。増税と金利上昇と物価高で国民は困窮する。また全労働者の一割にあたる330万人が何らかの形でEUとの貿易に関わる仕事をしており、EUから離脱すれば失業者が増加することになる。

貿易

Leave! 離脱派

EUから離脱したらEUとの貿易が大幅に減少するという残留派の主張は非現実的だ。スイスはEUに加盟していないが輸出入の両方でEUの主要相手国である。またイギリスはフランスの農産品やドイツの自動車の重要な輸入国である。EUから離脱しても世界第5位の経済力を持つイギリスがEUと取引できなくなることはあり得ない。スイスやカナダのようにEUと相互協定を結び、貿易を維持することは可能だ。協定を結ぶのに長い時間はかからない。EUに加盟していないスイスやアイスランドは中国やインドなどの経済新興国と自由に貿易協定を結ぶことができるのにEUに加盟しているイギリスはそれができない。自国の意思で交渉する権利を取り戻すためにもEUから離脱すべきである。

Remain! 残留派

EUへの輸出額はイギリスの輸出全体の約5割を占めている。EUから離脱すればその大半が失われる。離脱派はノルウェーのようにEEA(欧州経済領域)に加入する方法やスイス及びカナダのようにEUと相互協定を結ぶ方法があると主張するが、相互協定を締結するまでにカナダは7年、スイスは10年かかった。EU以外の国々とも新たな協定を結ばなければならない。全ての協定締結が終わるまで不安定な状態が続き、その間イギリスの貿易や外国からの投資は間違いなく減少する。それは景気を悪化させ、国民の家計を圧迫する。またEUと協定を結んだとしても、これまで通りあらゆる分野に進出できることや関税が免除されることの保証はない。

移民政策

メモ 統計局によると昨年イギリスへ流入した移民は33万3千人(純増ベース)だった。このうちEU加盟国からの移民は18万4千人(同)である。昨年の総選挙でキャメロン首相は移民の総数を年間10万人以内に抑えると公約したが、現状は公約から大きく乖離している。

Leave! 離脱派

EUに加盟している限り「域内住民の自由な移動」を認めなければならない。そのため毎年EU諸国からおびただしい数の移民がイギリスに流入している。EUは加盟国を増やす意向を示しており、それに伴って移民の流入もさらに増えるだろう。キャメロン首相の公約は実現不能であり、このままではイギリスの公的サービスは破綻する。EUから脱退して真の意味で包括的な、そして公平な移民政策を実現しなければならない。

Remain! 残留派

移民を減らすためにEUから離脱してイギリス経済を危機にさらすのは大きな誤りだ。離脱しなくてもバランスの取れた移民政策は可能である。イギリスは先にEUと合意した協定に基づき、一定の条件下で移民に対して社会福祉の制限を行なうことができる。この数年イギリス経済が好調に推移したので移民の流入が増加したが、フランス、ドイツなど他の加盟国の景気がイギリスに追いつき、それぞれの雇用が改善すればイギリスへの就労希望者は減少し、移民は抑制されるだろう。

NHS

Leave! 離脱派

EU加盟国からの無秩序な移民の流入がNHSの制度を脅かしている。このままでは医療の質は低下する一方だ。EUから離脱して巨額の分担金の支払いをやめれば、その資金でイギリスの医療を充実させることができる。また、EUとアメリカとの間でTTIP(環大西洋貿易投資協定)が締結されるとイギリス政府は自国の公的サービスにさえ関与できなくなり、NHSがアメリカの医療関連企業の標的にされる恐れがある。イギリスの医療制度を市場主義から守るためにもEUから離脱すべきである。

Remain! 残留派

EUから離脱したら経済が縮小して税収不足に陥り、NHSはじめイギリスの公的サービスの質は大幅に低下する。また現在、EU諸国からの移民の内、5万人がNHSの医療スタッフとして働いており、貴重な労働力となっている。EUから離脱して人的交流がなくなればイギリスの医療現場はますます人手不足になる。離脱派はEUがアメリカとの間で交渉を進めているTTIPがNHSを破壊すると主張するが、貿易と投資の障壁を取り除くTTIPはむしろイギリスの企業に新たなビジネスチャンスをもたらす協定だ。

危機管理

Leave! 離脱派

EUに残留することはテロリストに対して無防備に扉を開放し続けるようなものだ。EU加盟国の住民が自由に流入できる現状ではイギリス政府が入国者を独自の基準で審査できず、テロの危険を防ぐことは難しい。

Remain! 残留派

EUに加盟しているからこそ要注意人物の情報を交換し、互いに協力してテロ対策を講じられる。EUから離脱すれば加盟国との連携が失われ、国民をテロの危険にさらすことになる。

国際的地位

Leave! 離脱派

EUから離脱することでイギリスは真の独立国家として世界の国々との関係を再構築できる。その結果、イギリスの国際的な地位は向上する。

Remain! 残留派

イギリスはEUの主要加盟国として国際的に重要な役割を果たして来た。EUから離脱すればその地位は大きく損なわれる。

この対決にも注目!

今回の国民投票は、もうひとつの意味で英国の将来を大きく変える可能性がある。キャメロン首相の説得を振り切り、離脱派の『顔』となったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は、みずからの政治生命をこれに賭けたといえる。離脱派が勝てば、ジョンソン氏は保守党の次期党首の座にぐっと近づくが、負ければ失脚。逆にキャメロン首相も自分のクビがかかっている。まさに仁義なき戦い。審判が下る日は近い。
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