勝手に比較!ふたりの女王 華麗なる対決

性格…エリザベス2世のほうが安定感あり?

【エリザベス女王】4月21日生まれのエリザベス2世はおうし座。おうし座は穏やかで愛情深く、安全と安定を求めるが、慎重である分、機敏に動くのが苦手であることが多い。また、忍耐と根気と細心の注意をもって仕事に取り組む星座といわれる。書類や手紙に目を通し、必要な場合は署名するなど、女王としての仕事は夏のホリデー中も休みなし(休むのは12月25日のみ)。さらに年間300~400件もの公務をこなすという英君主の職務は、とにかく勤勉なエリザベス2世だからこそ63年も続けていられるのだと感心せずにはいられない。

【ヴィクトリア女王】5月24日生まれのヴィクトリア女王はふたご座。ふたご座は、頭の回転が早く、好奇心旺盛で活発・社交的。適応能力も大きいが、かなりの気分屋。また、駆け引きや舌戦を好む一方、勤勉で、いくつもの仕事を同時にこなすことのできる星座といわれる。かんしゃく持ちだったと伝えられており、夫のアルバート公のみならず、ウェリントン公など、政府の要人相手に感情を爆発させることもあったという。さらには、好き嫌いが激しく、結婚前はメルバーン子爵(一時期首相を務めた)、アルバート公死去後はバルモラル城の馬係だったジョン・ブラウン、ディズレーリ(2期首相を務めた)らを寵愛するあまり、世間の批判にさらされることもあった。

伴侶…カップル歴の長さではエリザベス2世の勝利

両者とも大恋愛のすえ結婚したので、この点では引き分け。王族・皇族関係者は政略結婚が多いというのが通念だが、その意味で、ともに幸運だったといえるだろう。

©Library and Archives
Canada/K-0000047

【エリザベス女王】エリザベス2世の夫、エディンバラ公フィリップ殿下(1921年6月10日生まれ)はヴィクトリア女王の長女の娘を母に持つ。フィリップにはこのほか、ギリシャ王ゲオルギオス1世 、 デンマーク王クリスチャン9世、ロシア皇帝ニコライ1世の血が流れている。父はギリシャ王子だったが、フィリップが1歳の時にギリシャでクーデターが起こり、フィリップ一家はギリシャを脱出。パリ、のちに英国で暮らすようになる。1947年、英国に帰化。同年、エリザベス2世と結婚。婚姻生活は67年を数え、英君主とその配偶者の婚姻年数としては文句なく第1位。日々、記録を更新中。

The Royal Collection
©2010 HMQEII

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王はザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバート(1819年8月26日~61年12月14日)と1840年に結婚。アルバート公は後に、女性君主の配偶者として「プリンス・コンソート(Prince Consort)」の称号を与えられた。結婚式でヴィクトリア女王が純白のウェディング・ドレスを着用し=写真下、これが流行。以来、結婚式で白いウェディング・ドレスを着ることが定番となった。しかし、1861年にアルバート公が腸チフスで死去。婚姻生活は21年。ヴィクトリア女王の嘆きは尋常ではなく、その後約10年、公務から身をひいた。公務に復帰してからも、喪服の着用はやめようとしなかった。

子供の数…ヴィクトリア女王の圧勝
Photo James Reid, Royal Collection Trust
©HMQEII 2015

【エリザベス女王】エリザベス2世は、夫エディンバラ公フィリップとの間に、チャールズ皇太子、「プリンセス・ロイヤル」ことアン王女、ヨーク公アンドリュー王子、ウェセックス伯エドワード王子の3男1女をもうけた。このうち、エドワード王子以外は離婚歴ありで、エリザベス2世は子供たちの結婚生活について思い悩むことが少なくなかったはずと想像できる。
チャールズ皇太子はすでに67歳。王位を譲る必要性を説く声も聞かれるようだが、離婚歴のあるカミラ夫人と『結婚』した時点で、同皇太子は、みずから英君主になるにあたっての大きな障害をつくってしまっている(現行の法律では、英国国教会の長を兼ねる英君主は、離婚歴のある者との婚姻が認められていない)。このまま孫のウィリアム王子に王位を譲るほうが良案と、エリザベス2世が内心考えていたとしても、国民の多くは反対したりしないだろう。

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王は、夫アルバート公との間に4男5女をもうけた。夭逝した子供はおらず、第8子 のレオポルド(オールバニ公)は31歳で亡くなったものの、第7子アーサー(コンノート公)は92歳まで生き永らえるなど概して長命だった。長女ヴィクトリアはドイツ皇帝フリードリヒ3世の皇后、次女アリスはヘッセン大公ルートヴィヒ4世の妃となるなど、娘を欧州各国の君主・公爵クラスの男性に嫁がせ、在位中に孫40人、ひ孫37人が誕生するに至った。ヴィクトリア女王が「ヨーロッパの祖母」と呼ばれたのはこのため。ただ、ロシア皇帝ニコライ2世の皇妃となった、ヴィクトリア女王のお気に入りの孫娘アレグザンドラ(次女アリスの娘)は、1918年、ロシア革命の際に一家ともども殺害されるという、悲しい末路をたどった。ニコライへの嫁入りを応援したヴィクトリア女王が、1901年に他界していたことはせめてもの慰めと言えそうだ。

公式訪問国の数…エリザベス2世の圧勝

【エリザベス女王】交通手段の飛躍的な進歩により、王室外交はかつてないほど活発になっている。エリザベス2世は72ヵ国・地域を歴訪。ただ、この数字をもって単純に「エリザベス2世圧勝」とするのは不公平という気もする…。

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王が訪れたのはフランスとアイルランドのみ。1876年より英君主がインド皇帝もかねることになり、ヴィクトリア女王はその初代となったが、インド訪問は行われなかった。

公務の数…比較できず

■「公務(official engagements)」という概念がヴィクトリア女王時代には十分確立されていなかったため、比較が困難。ただ、エリザベス2世のこなす公務数が超人的であることは確か。2013年は344件、14年は393件を記録。今年はややスローダウンしたとされているものの、感服するばかり。

首相の数…両者とも10人以上で五分五分

【エリザベス女王】エリザベス2世のもとで首相となった政治家は、チャーチルからキャメロンまで現時点で13人。サッチャー元首相とはウマが合わなかったと言われているが、その葬儀にエリザベス2世が参列し、世間を驚かせた(英君主がこうした葬儀に参列するのは異例)。

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王のもとで首相となった政治家は、メルバーン子爵からソールズベリー侯爵まで10人(ただし、4度首相となったグラッドストンなど、複数回首相となった人物は「1人」と数えた)。なお、ヴィクトリア女王はグラッドストンが大嫌いだったという。

ペット…コーギー犬へのなみなみならぬ愛情でエリザベス2世に軍配

【エリザベス女王】エリザベス2世は馬に加え、イヌ好きであることでも知られる。短い脚が愛くるしい、コーギー犬2匹、およびコーギー犬とダックスフントとの交配種「Dorgis」2匹の計4匹。

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王も、犬を飼ったり、乗馬を楽しんだりするなど、動物嫌いではなかった(絵画は、ヴィクトリア女王が14歳の時のもの。足元では、愛犬のスパニエル「Dash」がたわむれている)。

趣味…乗馬とアートで勝負はつかず
© Eva Zielinska-Millar

【エリザベス女王】エリザベス2世の趣味は、なんといっても乗馬。89歳の今でも、乗馬を楽しむ。ヘアスタイルが乱れるのが嫌で、周囲の心配はよそに、ヘルメットをかぶらずスカーフで済ませることでも有名。また、競馬にも強い関心を寄せており、2013年には、同女王所有のエスティメイト(Estimate)がゴールドカップ(G1)で優勝。

【ヴィクトリア女王】ヴィクトリア女王の絵を描く才能はずば抜けていた。自画像、子供たちの姿などを描いているが、その腕前にはうなってしまう(絵画は、ヴィクトリア女王が16歳の時に描いた自画像)。