●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部
英国の冬は暗く、またジメジメしている印象が強い。
今年の冬は特に雨がちで、先月末には、258年ぶりに降雨量の多さで今までの記録を破り、「最も雨の多い2月」となる見込みとのニュースが流れた。
降雨量が多かったという点よりも258年分も記録が残っていることに驚いた。
変わりやすい天候とつきあっていくために過去の記録と現在の情報をもとに分析を進めより精度の高い予報を出すことが求められるここ英国の天気について先週に引き続き、基礎的な事柄をお送りすることにしたい。
天気予報に役立つ記録好きな英国人気質
先週号の冒頭で、英国で気象庁に相当するメット・オフィス(The Meteorological Office)が発足したのは1854年であることをお伝えした。170年前のことで、日本ではまだ明治維新もなっていない頃の話だ。しかし、今年の2月の降雨量の多さを伝えるために引き合いに出されたのは、ここ258年の記録だった。つまり、メット・オフィスが設立されるさらに88年も前から記録がとられていたことを意味する。
例えば、英国で何百何十何年前の何月何日に誰それがこの城のこの部屋で殺害されたといったことを見聞きするのは珍しくなく、英国人の記録好きである気質は広く知られるところ。だが、気温や降雨量に関しては、より実用的な必要に迫られて記録されるようになったと考えられそうだ。すなわち、毎日穏やかで好天が続く気候であれば、天気予報など不要だろうが、英国の天候はその真逆。最悪の場合、人命をおびやかすこの変わりやすい天気と、より賢明につきあっていく上で精度の高い予報を発することは必須だ。そのために、現在のハイテクを駆使して得られる様々な情報とともに役立つのが過去の記録といえるだろう。
さて、英国ではメット・オフィスがより的確な予報の発信を目指して日夜努力を続けており、我々の普段の暮らしの中でも、英国の天気に関して様々なニュースが流れる。そうした日常生活の中で、日本の台風といえば秋に多いのに対して英国の嵐は冬に多いのはなぜか、また、英国の嵐に名前がついているがどのように誰が決めているのか、といった疑問を抱いている読者の方も少なくないと推測する。先週号に続き、素朴な疑問について記してみることにする(Q1~Q3については
をご参照ください)。Q4 英国の嵐はなぜ冬に多い?
日本で台風といえば秋(近頃は夏に台風が本土を通過することも起こるようになっているが)。それに対して、英国では秋から冬が嵐の季節。3月になってから「ストーム」に見舞われる年もある。赤道と北極(あるいは南極)の間にはエネルギーの格差が存在し、この格差を是正するべく、赤道から北極(南極)へ熱を運ぼうと大気が動く。英国に関していえば、赤道と北極の間の温度差がもっとも大きくなる秋から冬にかけて、北極の冷たい空気へと向かう南からの温かい空気がちょうど英国上空でぶつかりジェット・ストリームと呼ばれる強い大気の流れができる。このジェット・ストリームが低気圧を大きく発達させ、嵐となり、強い風と雨で被害を及ぼすという。
Q5 ストームの名前は誰がどうやってつける?
英国のメット・オフィスは、アイルランドの気象庁にあたる「Met Éireann」と連携している。2019年にはこれにオランダの「Royal Netherlands Meteorological Institute (KNMI)」が加わり、迅速かつ的確に気象警報を発信するべく協力が行われている。中でも、影響が広範囲に及ぶストームについては、15年から地域共通の名称をつけることで同意した。もともと米国では1950年代からハリケーンに名称をつけることが行われており、これを取り入れた形。嵐に名称をつけることで、注意を喚起させやすくなるという考えに基づいている。
現材は1年ごとに男性名・女性名を混ぜて名称を決定。毎年9月から名称使用が始まり、「A」で始まる名称は、その年の「嵐1号」に相当。例えば2023/24年の「ストーム・イーシャ」は9番目の嵐だったという訳だ。名称は、英国、アイルランド、オランダで気象学で業績のあった人物のほか、「嵐の日に生まれた」という個人の名前までバラエティ豊か。公募も行われているので興味のある方は応募するといいだろう(下コラム参照)。なお、南西ヨーロッパではポルトガル、スペイン、ルクセンブルグ、フランス、ベルギーがグループを形成。北欧ではノルウェーとスウェーデン、デンマークが連携し、各グループ内でストーム名をつけるシステムをとっている。
2023/24年における英国・アイルランド・オランダ共通の
ストームの名称
① Agnes | ② Babet | ③ Ciarán |
④ Debi | ⑤ Elin | ⑥ Fergus |
⑦ Gerrit | ⑧ Henk | ⑨ Isha |
⑩ Jocelyn | ⑪ Kathleen | ⑫ Lilian |
⑬ Minnie | ⑭ Nicholas | ⑮ Olga |
⑯ Piet | ⑰ Regina | ⑱ Stuart |
⑲ Tamiko | ⑳ Vincent | ㉑ Walid |
メット・オフィスでは広く名称を公募中。このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。あてにメールでどうぞ。ただ、11番目以降は使われない可能性があるので、「A」~「J」の名前を応募するほうが採用される確率が高いことも頭に入れておくと良さそうだ。
Q6 英国では、ストームによる倒木で命を落とす人がなぜ多い?
車の運転中にストームで倒れた木の下敷きになり、犠牲者が出るニュースが英国では珍しくない。他国と比較する資料を探し当てることはできなかったのだが、英国では街路樹にも巨木が少なくないことが事故を招いているのではないかと推測する。枝が多く、また、葉が多い場合は雨を吸うとさらに上部が重くなり、風の抵抗も強く、倒れる確率が高まる。実際に樹木の根のうち8割は深さ60センチ以内に張り巡らされているとされ、深くても2メートルまで。また、シラカバ(birch)、セイヨウトネリコ(ash)、セイヨウナシ(pear)、アジサイ(hydrangea)、ヤナギ(willow)は根が浅い樹木とされている。逆にイチイ(yew)、ナラ・カシなどブナ科の木(oak)、モミ(fir)、マツ(pine)などは根を深くにはる樹木であることが知られている。
Q7 タイフーンとハリケーンの違いはなに?
英国で、嵐は「ストーム」と呼ばれるが、他地域の気象警報でハリケーン(hurricane)やタイフーン(typhoon)という呼称を耳にすることも多いだろう。ハリケーンとタイフーンは気象現象としては同じで、ともに「熱帯低気圧(tropical cyclones)」。違いは、どこで生じたかという場所の問題だと説明されている。北大西洋、中央から北部にかけての太平洋、東部から北部にかけての太平洋で生じた場合はハリケーンと呼ばれる。これに対して、北部から西部にかけての太平洋で生じると、タイフーンと呼ばれる。また、南太平洋やインド洋で生じたものはトロピカル・サイクロンと気象学上の名称がそのまま使用される。
ちなみに、大西洋で生じるハリケーンに関しては、6月初めから11月末がシーズンと考えられているが、この6ヵ月以外で生じることももちろんあるので注意が必要だ。
どれほどのハイテク技術や、人智をもってしても予測しきれない天気。世界各地で、少しでも被害が抑えられるよう祈るしかない。
Q8 日本では、夕焼けが美しければ翌日はいい天気というが、英国ではそれはあてはまらない?
メット・オフィスによると「英国でもそれはあてはまる」とのこと。聖書にも「Red sky at night, shepherd's delight=夕方、美しい日の入りが見られれば、羊飼いが喜ぶ(翌日はいい天気)」というくだりがあるほど。結局、日の入りが見えるというのは、雲がない、すなわち晴れているということで、翌日もその好天が続く可能性が高いということだと説明されている。たが、他の多くの「weather law(天気に関するいいならわし)」については根拠のないものが多いとの回答だった。例えばヒイラギの実が良くなった年の冬は厳しくなるといったことも、あまりアテにならないという。
次のいいならわしも、科学的根拠があるとは限らないが、韻をふむリズムの美しいものもあるのでご紹介しておきたい。
Red sky at night, sailors delight. Red sky in the morning, sailors take warning.
夕焼けが美しければ船乗りが喜び、朝焼けが見られれば船乗りが案じる(雨の心配をする)。
Pale moon rains, red moon blows; white moon neither rains nor blows.
おぼろ月が出ると雨が降る、月が赤ければ風が吹く、月が白ければ雨も風も心配なし。
Clear moon, frost soon.
澄んだ月夜のあとは、霜がおりる(寒くなる)。
High clouds indicate fine weather will prevail; lower clouds mean rain.
雲が高ければ好天になり、雲が低ければ雨になる。
Cumulus clouds in a clear blue sky, it will likely rain.
青空に積雲ができれば、雨になる可能性が高い。
A sunny shower won't last an hour.
天気雨(陽がさしているのに雨がふること)は1時間で止む。
A wind from the south has rain in its mouth.
南からの風は雨を運ぶ。
Birds flying low, expect rain and a blow.
鳥が低く飛べば、雨と風がやってくる。
Spiders enlarge and repair their webs before bad weather.
クモが巣を大きく強く張ると雨が降る。
ボーフォート風力階級表
英海軍のフランシス・ボーフォート卿(Sir Francis Beaufort)が1805年に提唱したことから「ボーフォート風力階級表(the Beaufort wind force scale)と名付けられた、風力の程度を示す表。実際には17段階あるが、13~17段階はハリケーンの風力を示すためのものであるため、ここでは割愛する。また、「台風」の時速は89~118 kphと定義されている。
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週刊ジャーニー No.1333(2024年3月14日)掲載