ダイアナ元妃の回想録発売でバトル勃発…王室vsスペンサー家

■故ダイアナ元妃の弟、チャールズ・スペンサー伯爵が9月22日に出版した回想録『Swan Song: Diana, My Sister(白鳥の歌・私の姉・ダイアナ)』が大きな波紋を呼んでいる。最大の問題はチャールズ国王について極めて深刻な証言を実名で記したことにある。

最も衝撃を与えたのは1997年のダイアナ元妃死去直後の出来事。スペンサー伯によれば、葬儀で15歳のウィリアム王子と12歳のハリー王子を棺の後ろに歩かせるかをめぐり、当時のチャールズ皇太子と激しく口論。その際、皇太子が「安心しろ、彼女のことなどすぐ忘れる(We,ll forget her soon enough)」という趣旨の発言をしたとされている。スペンサー伯はBBCの取材でも「間違いなく、彼がそう言った」と主張している。

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さらにスペンサー伯はダイアナ元妃死亡直後のチャールズ皇太子との電話について、悲嘆に暮れているというより「宝くじに当たった人のようにウキウキして聞こえた」と回想。ダイアナ元妃の死によってカミラ王妃との結婚への障害がなくなったと考えたのではないかという自身の推測まで記している。これはあくまでスペンサー伯の憶測であり、事実として確認されたものではない。

この本が普通の王室暴露本と違うのは、バッキンガム宮殿がすぐに反応したことだ。通常、王室はこうした本を無視するが、今回は「きょうだいを失った悲しみは、理性や判断、記憶を曇らせることがある」と声明を発表し、スペンサー伯の記憶の正確性に疑問を呈した。これに対してスペンサー伯は国王から「ガスライティングされた(自分の記憶がおかしいと思わせようと仕向けられた)」と反発。「私は真実を話している」と主張した。さらに「国王について知っていることはたくさんあるが、本には書かなかった」と発言したため、騒動はさらに拡大している。

ただし、スペンサー伯の記述の信頼性にも傷がついた。本の中でピアーズ・モーガン氏について記した記述の一部が誤りだったとして、出版直後に謝罪・訂正している。英メディアの焦点は、単なる「ダイアナ秘話」ではなく、約30年前の出来事をめぐり、現国王とダイアナ元妃の実弟が公然と「どちらの記憶が真実なのか」を争う異例の事態になったことにある。


スペンサー伯はこれまでにも結婚生活と公の発言を巡って批判を受けてきた。1997年の最初の妻ヴィクトリアさんとの離婚手続きでは、妻側がアルコール・薬物の依存症の治療中にスペンサー伯が複数の女性と不倫していたと主張。財産分与でも激しい争いとなり、ゴシップ紙をにぎわせた。2007年には2番目の妻キャロラインさんとの離婚がスペンサー伯の「不合理な行動」を理由に認められたと報じられている。ちなみに、今のスペンサー伯夫人は4番目の妻で、ノルウェー出身の考古学者であるキャットさん。3番目の妻であるカレンさんとの離婚が成立したわずか数ヵ月後に、キャットさんと結婚したことで話題になった。

ジャーニー編集部も8年前のオルソープ(スペンサー家の邸宅)取材時、広報部から手痛い仕打ちを受けた過去がある。入稿直前に「原稿を全て英訳しろ」と言われて提出すると「ダイアナ元妃のことに触れてはならない。オルソープのことだけ書け」と言われた。到底締め切りに間に合わず急きょ、別の原稿への差し替えを余儀なくされた。取材時に献金をしなかったことでスペンサー伯の不興を買ったものと邪推している。そもそもダイアナ元妃が亡くなって29年も経ってからこのような回想録を出すこと自体に大変な疑問を感じる。 By週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)

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