
本エキシビション開幕の数日前に65歳を迎え、今も精力的に活動を続けるアーティスト、グレイソン・ペリー。彼の40点以上の新作を含む、陶器、タペストリー、刺繍、絵画などの幅広い作品が、これらの制作のきっかけとなった同ギャラリーの名作絵画や所蔵品と並んで展示されており、見事なるコラボレーションを形成している。
若きペリーがウォレス・コレクションを訪れ、ブーシェの「ポンパドゥール夫人」の肖像画と、同コレクションが誇る武具の展示を同時に鑑賞した時、18世紀フランス・ロココ調の極端な女性的表現と、武具の持つ誇張された男性的表現とのコントラストに強い印象を受けたことは、彼のアート制作に影響を与えたという。固定的なジェンダーや階級の役割は、彼の数十年にわたる創作活動の中で繰り返し取り上げられてきたテーマであり、本展にもそのテーマが強く反映されている。
『誇大妄想』と題された展示会のもうひとつのテーマは、ファンタジー。ペリーが今回の制作過程で生み出した架空の人物、シャーリー・スミスによるとされる作品も多い。精神的な病を抱え、ハートフォード・ハウスに住み、自分こそがウォレス・コレクションの正当な継承者であると信じ込んでいるシャーリーが贅沢な夢の世界を表現した(とされる)ドローイングは、病的なまでに細かく、そのペン使いを細部まで観察しているとめまいがしそうになる。各作品の細部に目を凝らし「自分はディテール・フリークである」「制作の原動力は、シンプルに作ることの楽しさがベースにある」というペリーの言葉を思い出すと、土を捏ね、ペンを走らせ、糸を通し、無数のピンバッヂを集め、夢中になって制作に没頭するペリーの後ろ姿まで作品の向こうに透けて見えたような気がした。そして、「妄想/ファンタジー」は『サバイバル・テクニック』でもあるというペリー。『シャーリーの妄想も彼女が生きてゆくために必要だったのね…』と、いつの間にか架空の人物に思いを寄せる気持ちが沸いてきた筆者は、すっかりグレイソン・ペリーのファンタジーの世界に迷い込んでいたことに気がついた。

Grayson Perry © Richard Ansett, shot exclusively for the Wallace Collection, London

Grayson Perry, Alan Measles and Claire meet Shirley Smith and The Honourable Millicent Wallace, 2024 (detail) © Grayson Perry. Courtesy the artist and Victoria Miro


Grayson Perry, Untitled, from a selection of drawings by Shirley Smith, 2022-24 © Grayson Perry. Courtesy the artist and Victoria Miro


Grayson Perry: Delusions of Grandeur

10月26日(日)まで
The Wallace Collection
Hertford House, Manchester Square, W1U 3BN
チケット:大人£15、学生(18-25歳)£10、12-17歳£5、12歳以下無料
www.wallacecollection.org
週刊ジャーニー No.1387(2025年4月3日)掲載