
昨年4月から約5ヵ月間、東京・六本木の森美術館で「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」を開催したシアスター・ゲイツ氏(1973年、米シカゴ生まれ)は、彫刻や陶芸作品を中心に、建築、音楽、ファッションに至るまで精力的に創作活動を続けている。常滑焼(とこなめやき)で知られる陶芸の里、愛知県常滑市で陶芸を学んだことから日本文化の影響を強く受け、創作活動においてアフリカ系米国人として自身のルーツと異文化との融合を探求している。また、米国の公民権運動(1954~68年)で叫ばれたスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」と、日用品に美を見出そうとした日本の「民藝運動」の哲学からなる独自の美学と世界観を表現する「アフロ民藝」なる言葉を生み出した。
今回のエキシビションには、昨年日本で公開された大規模なインスタレーションを含む作品とともに、1965年に暗殺された黒人解放運動の指導者、マルコムXに関する日本語の資料や文献が並ぶ。これらを作成、収集したのは日本人ジャーナリストの石谷春日氏と、彼女のパートナーで作家・翻訳家の長田衛氏(故人)だ。87歳の石谷氏とゲイツ氏は昨年日本で初めて出会い、この時に紹介された石谷・長田両氏のマルコムXに関する著作や収集資料にゲイツ氏は衝撃を受け、今回のロンドンでのプロジェクトにつながった。マルコムX暗殺の瞬間に立ち会い、日本に本格的にマルコムXの黒人解放運動を伝えた2人の功績を称え伝える側面もある本エキシビションは、ゲイツ氏の人種的ルーツ、民藝を通じて影響を受けた日本文化、マルコムXに感銘を受けた日本人ジャーナリスト、それらの文化や彼らの思想、信念が、ゲイツ氏の芸術性と出会い生まれた結晶と言えるだろう。
さらに、今年はマルコムXの生誕100年、暗殺から60年を迎える。取材日、会場に向かう地下鉄で手にしたメトロ紙の小さなコラム「Today in History」に、2月21日に起きた歴史的な出来事として、「1965年:米国の黒人ムスリム・リーダー、マルコムXが射殺された日」との記述を目にした。奇しくもマルコムXの命日であったその日、弔いの気持ちを抱きつつ、エキシビションを鑑賞した。
会場の「ホワイト・キューブ」の名の通り、真っ白な『箱』に説明書きが添えられることなく展示された作品群を、より深く理解しようとするには、入り口近くの壁に提示されたQRコードで解説書をスマートフォンにダウンロードして読む必要があり、少々骨が折れる。だが、武骨でインダストリアルな雰囲気のある素材と、書や陶芸、着物や茶室といった日本文化が融合し、侘び寂びさえ感じる作品たちは、日本人の心の琴線に触れる。それらのアート作品に加え、石谷春日氏のインタビューや、在りし日のマルコムXが映像で語る言葉も、本エキシビションに欠かせない重要な要素だ。お見逃しなく。





●マルコムXとは
1925年米ネブラスカ州オマハ生まれ。20代のころに刑務所で改宗し、出所後にイスラム教黒人団体「ネイション・オブ・イスラム(NOI)」での活動を開始。指導者としてすぐに頭角を現し、カリスマ的存在となる。その後NOIと袂を分かち、「ムスリム・モスク・インク(MMI)」を創設。1965年に暗殺されるまで、精力的に黒人解放運動を続けた。
●マルコムXを知るには
近年の日本でマルコムXの名が広く知られたきっかけは、デンゼル・ワシントンがマルコム役を好演し、アカデミー主演男優賞にノミネートされた1992年の映画『マルコムX』と、映画公開に合わせて出版された全訳版『マルコムX自伝』による影響が大きい。また、2020年にはネットフリックスでドキュメンタリー番組『Who Killed Malcolm X?(マルコムX暗殺の真相)』が公開された。
Theaster Gates
1965: Malcolm in Winter: A Translation Exercise

4月6日(日)まで
White Cube Bermondsey
144-152 Bermondsey Street, SE1 3TQ
月曜休館、入場無料
www.whitecube.com
週刊ジャーニー No.1383(2025年3月6日)掲載