作者のヘザー・フィリップソン氏といえば、現在トラファルガー広場の「第4の台座(The Fourth Plinth)」に飾られている、巨大なソフトクリームにドローンとハエがとまった作品、「THE END」をご存じの読者は多いだろう。
さらに同氏のパブリック・アートとして記憶に新しいのが、2018年に地下鉄グロスター・ロード駅のホーム一面に飾られた「my name is lettie eggsyrub」だが、当時その卵だらけのアートを本項で紹介した際、作品の説明とそこに添えられた難解な英語の翻訳に苦労したことを思い出す。今回の作品も「ラプチャー(破壊) No.1: ブロートーチング(火炎放射器で炙ること)・ザ・ビッテン・ピーチ」と名づけられたそのタイトルからして彼女らしい。
人間と人間以外の動物との関わりを作品のテーマにすることが多いというフィリップソン氏。見学ルートに沿ってギャラリーに足を踏み入れると、真っ赤に染まった空間の砂の上にまるで墓石のように乱立する液晶画面に、動物たちの目が映し出されている。ガーディアン紙(電子版)のインタビューで同氏は、パンデミックの影響で昨年公開開始が延期され、今回ようやく公開された本作品について、「人々を快適な空間に招待するつもりはありません」と答えている。傾いた画面の中で光る動物たちの瞳はどこか悲しみや怒りに満ちたようにも見え、少々後ろめたさを感じたのはそういうことか。
新聞紙で形とられた巨大な偶像の股下をくぐった先の部屋には、角を生やした給油機たちが一心不乱に水をすすっている。さらにその先の部屋では不発弾にしか見えないゲートに迎えられ、虫が宙に浮き、一見モンゴルのテントに見える建物は近寄るとまるで秘密結社のお堂のようで、中には熱を帯びたエネルギーの塊のようなものが怪しい光を放っていた。
作者が本作品で表現したかったという「熱く、ドキドキし、脈動する、生きていると感じられる空間」は、全体的にSF映画を彷彿とさせる終末的な世界のように感じられたが、同氏曰く「私は訪問者が何を考えようとしているのかを先取ろうとはしません。私は常に一貫性のないものを目指しています」とのこと。捉え方は自由でよさそうだ。さらに率直に言ってユニークでスリリングで幻想的。期間は来年1月までなので時間はまだまだたっぷりとあるが、光陰矢の如し、気付いたら終了していた、ということのないようお見逃しなく。(写真・文/ネイサン弘子)
TATE BRITAIN
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週刊ジャーニー No.1193(2020年6月17日)掲載