「タントラ Tantra」は6世紀頃にヒンドゥー教の教義として生まれ、ヨガ、仏教、さらには1960年代のカウンターカルチャーにまで影響を与えた。
タントラでは血と殺戮を好む戦いの女神で、ヒンドゥー教の最高神の一柱である「シヴァ神」の妃の化身ともされる「カーリー神」を「シャクティ(性力)」として崇拝している。「性力」を教義の中心とし、性交を秘儀として積極的に取り入れて解脱の道を説く…。と、限られた文字数で説明しようとしても、その世界観を伝えるのは極めて難しい。また、エキシビションを見ただけで、その哲学や教義を理解することができたとも到底言えないが、強烈なインパクトのある展示物の数々は、一見の価値がある。
タントラは、ヒンドゥー教、インド仏教からチベット密教へと伝承され、さらには中国仏教、そして空海によって日本へともたらされた真言密教から稲荷信仰へもその一部が伝わっている。そして1960年代になると、西洋で「フリーラブ」と解釈され、反キャピタリズムを唱えたヒッピーブームなどに乗って、当時の若者の哲学やアート、ファッションにも影響を与えた。今回のエキシビションでは、こうした伝承の流れと世相との関わりなどがわかりやすく示されている。
インドの寺院の壁面を飾っていた石の彫刻、ヨガやチャクラ(体のエネルギーポイント)を表した細密画、守護尊と女神が交わるチベットの巨大な掛け軸や人骨で作られたエプロン、カーリー神の侍女であり人肉を食べる魔女「ダーキニー」が日本へ渡り、白狐にまたがる「荼枳尼天(だきにてん)」として描かれた日本の掛け軸、74年以降インドへ繰り返し旅し、インドに関する著作や作品が多い日本のアーティスト、横尾忠則のアートのほか、タントラに影響を受けた現代アーティストたちの作品が並ぶ。
特に目をひいたのは、カーリー神の絵や像の数々だ。目を見開き、舌を出し、興奮に満ちた表情で、手には武器や生首、生き血の入った器を持ち、半身を露わにしたその姿は夢にでてきそうだが、それらのシンボルひとつひとつには意味があり、説明を読みながら思わず見入ってしまった。
強烈な余韻に浸りつつ、出口に特設されたショップに入ると、インドやチベットの雑貨、エキシビション関連商品が並ぶ中、お香の香りに包まれた。芳しいその香りに、少々ざわついた心を落ち着かせることができた気がした。(写真・文/ネイサン弘子)
Tantra: Enlightenment to Revolution
The British Museum
~2021年1月24日(日)まで。15ポンド。
www.britishmuseum.org
※年齢制限はないが子供には不向き
週刊ジャーニー No.1166(2020年12月3日)掲載